燕 第三話:好戦
第五節―――――
―離れた町 深夜―
「ここだな。へへぇ〜、誰もいねぇ〜。見えた!」
歌舞伎者の大将はつぶやいた。顔全体を白く塗り、その上から隈取りを塗り、服装は派手にめかしこんでいた。最も男の言う通り人通りは全くない。時間帯の遅さもあるがこの様な歌舞伎者が似た様な手下を二人連れて何か企んでいるならなおさら、人通りのあるような道など通るはずがない。
「あそこだぁ。ここいらじゃぁ一番の経済力を持つってぇ野郎の居場所だ。」
男は汚らしい笑顔を浮かべ続けた。
「野郎がいなけりゃこの町もガタ落ち、好き放題だぁ〜。金もがっぽ手に入いらぁ、旅路の途中でちょっとぐらいええわな、がっはっはっはぁ〜!」
笑って狭い通りを駆けると黒い「影」が現れ、大将がその影の形を目で捉えるより早く先に駆けていた手下の二人が斬り捨てられた。男は影に圧倒されていたが、凝視して、見下すような面をして言った。
「んだぁ?小娘だとぉ?なめたまねを・・・!」
「貴様、」
燕はゆっくりと立ち上がり、体は男から見て横向きで頭を少し奥に倒した状態で細い鋭い目で言った。
「強いか?」
見た目も姿勢もそうだが、その台詞に男は思った。
「なめてんのかぁ〜、このガキィ。テメェの様なガキなんざこの俺様の右腕一本で捻ってくれるわ〜〜!!」
男は変わった動きをし、声の調子を上げ強調する様な芝居の様な動きと声をした。
「楽に死ねると思うなよ、野郎どものためにもテメェにゃたっぷり後悔させてやらぁ〜!!その体でな!!」
男が大きくかつ飾りの多い刀を抜き、振りかざした。燕は難なく左にかわし、続く連続の攻撃を左右前後へと回りながらかわしていった。
「はっはっはぁー!どうしたガキィ〜!!居るべき家でアマらしく大人しくしてやがれやぁ〜!!」
男は巨体に物を言わせ大きく刀を振り回す。そして狭い路地の壁に燕を追い詰め、燕が背後に跳び壁にぶつかったのを確認し、計算通り刀を振り下ろした。
「もらったぁ・・・」
男の視界に血しぶきが飛んだ。腕が地面に落ちたが燕のものではなかった。燕は既にその場にはおらず、ふりかざした右腕とは逆の左腕が斬りおとされていた。男は無様な悲鳴を上げながらひっくりかえった。左腕からの血しぶきの向こうに、燕は居た。平坦に切られた腕に当たる風はいっそう冷たく感じられた。ゆっくり近づき燕は風より冷たくつぶやいた。
「右腕一本で私を捻るのではなかったのか?」
一歩近づき言う。燕の脳裏に一瞬過去の光景が写った。
「楽に死なせないんじゃないのか?」
さらに二歩近づき言う。
「貴様は楽に逝かせてやる。」
忍び刀を高く構える。
「人殺しらしく」
脳裏に過去の光景が、血に染まった黒い男の光景が写った。
「弱者らしく」
脳裏には何も写らなかったが頭の中で指していた。
「居るべき冥土へ、大人しく・・・」
目を鋭くし睨んで最後の一言を強調した。
「死ね。」
手下の方にも突いただけでなく後から斬った後を入れる、男の刀で。仲間同士の返り討ちという形に見せるため。
「燕・・・」
ユイが低い声で呼びかけた。体を半分向け、顔だけ振り向かせる燕。そこには表情が崩れた、悲しい、口がへの字で結んでいた、首をかしげたユイがそこで自分を見ていた。
「斬、覚えてるでしょ・・・。」
燕は無言で答えた。
「あの男が戦いを望んでいた、好戦的だって話、したでしょ・・・」
無言で答えた。
「わ、私ね、あの夜、斬と同じものを・・・燕の内にも見たんだ・・・。」
燕は答えなかった。
「戦い、望んでるんでしょ・・・。たぶんそれは・・・」
最後に一言低い声で言った。強くなりたいからでしょ、と。
燕 第三話 −完―
第四話:少女
―予告―
燕は小さな少女に出会う
燕は小さな少女を殺さなかった
かつて、朱雀がそうしたように
「ねぇ、朱雀は、子供も殺せるの?」
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