燕 第四話:少女




第一節―――――



 この町は地方の山中とはいうものの、比較的低い位置に属しており、賑やかであった。特にこの建物の位置する一角は特に商業などの交流場としてさまざまな建物が並んでいる。その一つの二階建ての飲み屋に燕は忍んでいた。

「しかし睦月さんも大手に出るもんだ!!」

「たしかにのー。我々全員が協力すれば無理な話ではない。それに手を下すのは我々ではない。甘い汁を吸えるというわけだ。」

中年の男達が杯を手に飲みながら話をし、笑っている。五人いる。飲んでいない者で付き添いらしき護衛の侍が一人。燕はそれを確認し合図を待った。一階には商人達の荷物運びをする男達が飲んでくつろいでいる。どれも雑用係が多く、ガラの悪そうな連中ぞろいである。無論敵ではないが騒がれると面倒である。まずは奴らの始末が先だ。

 飲み屋の前でユイは呼び止められた。

「待て。誰じゃ?」

見るからに図太い男が声を掛ける。

 「あら、香月屋の御方に呼ばれ原島から参った者ですが・・・どうやら、場所間違えたみたいで〜」

傘をかぶったユイは普段の声をさらにわざとらしく女の子ぶって言った。頭の傘で顔を隠す仕草と声で怖がる若い女性を演じている。ガクが観たらあきれるだろうか、燕はおそらく観てもなんとも思わないだろう、あの人はどう思うだろうか。そんなことを考えつつゆっくりと振り返ろうとするともう一人のやはり図太くはないが大きな男が声を掛けた。

 「ま、待て!」

それを聞くとユイは心の中でうまく行ったことを微笑んだ。

「ここだ。間違いない。香月さんは二階だ。入れ。」

男は引き戸を開け、ユイを招き入れた。ちなみに原島といえばこの町で知らぬものはいない女遊びの店だ。と、ユイが自分よりはるかに身長の高い二人から顔を隠そうとお辞儀しながら入ろうとすると戸の先で入れ違いに出てくる女性とぶつかりそうになった。ぶつからなかったのは相手の女性が素早く一歩下がったからだ。お互い顔を合わせたが、おそらくユイの顔は傘と夜の闇で見えなかったと推測できる。ユイが建物の中に入るとその女性はさっと外へ飛び出していった。

 ユイは一階の雑用係がくつろぐ間の中央へ進んだ。男たちから酌を入れろとやじられるがそれを無視し、愛用の武器を両腕に取り出す。

「まぁまぁ。その前に一つ一生に一度しか御覧になれない舞を披露させてもらいます〜。」

 間も無くして飲み屋の前の二人は慌てた形相でユイが出てきたのに驚いた。何故か未だに傘をかぶっている。

「た、た、大変です〜。とにかく中へ!」

周りの騒音で二人にしか聞こえないくらいの小声でユイは言った。二人は無言で顔を合わせ、建物の中へと入った。

 間も無くして。

「これでよし。」

ユイは男たちの手ぬぐいを拾って鉄扇の血を一旦拭いた。これで全滅。この飲み屋は商人の一人の物であるため店員などはいない。無益な殺生は少ない方がいい。後は二階で合図をするだけ。

 合図より早く燕は行動した。もともとこの部屋は縦に少しばかり長いものの、上に隠れるほどの柱が立っていない。故に上を見上げられれば見つかる可能性が否定できないのだ。商人の一人が一気飲みをしようと顔を上げたとき、まさにその可能性が立証された。最も、男が燕の姿を確認し終えるより早く男の口から喉へ忍び刀が垂直に突き刺さった。

燕は忍び刀を念入りに口の奥へと刺し込み、出口へと近い商人達を一瞥すると同時にクナイを投げつける。クナイは燕の視線に恐れをなし身動きできぬ一人の心臓へ刺さる。もう一人はかろうじで急所を外れた。その男はクナイが右胸に刺さり、叫び声を上げようとしたが痛みのため上げることができない。そのまま胸を押さえ部屋を飛び出して行った。 時間通りではユイはもう来ているはずだ。一人叫べぬ男が逃げたところで問題はない。

「き、貴様・・・!」

侍が刀を抜いて前へと飛び出してきた。恐れのせいか声になってない。燕は振り返りつつ侍を確認し、足元の商人の刀に視線をやる。同時にその刀を踏むとその勢いで刀は宙へと浮き、燕はその刀を抜いて一回転し侍へと投げつけた。侍はとっさの勢いで受けようとしたが遅く、両腕を斬りおとされ刃の先が上半身の急所の一つに刺さっていた。

次に残る商人の一人が小刀で燕を横から突き刺そうとした。が無論、燕は右手でそれを掴み、体の外側へと捻る。

「痛い痛い痛い・・・!」

商人が情けない声を上げると手から小刀がぽろっと落ちた。それを左手で拾い、密着して刺す。商人が息絶え倒れこむと燕は未だに忍び刀が垂直に刺さっているため倒れずにいた最初の商人から忍び刀を抜き取り、一振りして血の線を床に作る。そもそも垂直にしっかり刺しておいたのは刀の重量で喉を掻っ切って忍び刀が飛び出さないためだ。そんなことになればあたりは血まみれ、色々と面倒臭くなる。それに垂直に刺さっていた方が回収しやすいからである。その忍び刀で燕は残る一人を仕留めた。

逃げた商人は自分が死ぬのかと諦めきりつつも死にたくないと心の中で嘆きながら階段をやっとの思いで下りた。廊下を進むと一人の女性に出くわす。

「た、大変だ。いいい、今すぐ逃げ・・・」

言いかけた途中で男は喉を水平に切り裂かれ仰向けに倒れた。先ほどの手ぬぐいで鉄扇から血をふきつつユイはため息をついてつぶやいた。

「結局、見つかっちゃったのね。」

もともと建物については知っている。予想はできていた。燕のことだ、問題はない。ただ、その場に居合わせたかったとユイは思っていた。

燕は忍び刀から血をふき取ると、それを丁寧に鞘に収めた。辺りを見渡す、戦いを挑んで死んでいった者、逃げる間もなく死んだ者、とにかく一人相手にたくさん死んだ。燕はその中険しい表情を作っていた。

状況が似ていた。ふと辺りを見渡すと隣の部屋へと戸があった。少しばかり、覗けるほど開いていた戸を見る。あまりにも、状況が似ていた。ふいに『黒い奴』、そして戸から見ている女の子が彼女の脳裏に浮かび上がる。振り払おうと燕は軽く頭を振り、振り返ってクナイを開いていた戸の間に投げ込んだ。戸を片手でさぁっと開くとそこにクナイは刺さっていた。クナイをしゃがんで抜く。

「(私なら・・・殺せた。)」

心の中でつぶやいた。念のため辺りを見渡す。誰もいなければ特に問題無い。とりあえず最後に念入れに小さな穴の開いた押入れの戸を静かに開けて中を確認する。燕はふと驚いた。そこにはあの頃の自分と同じくらいの歳の女の子がいた。眠っている様子だ。一歩後ずさって戸の穴の高さを見ると丁度少女の寝ている、と思われる位置と同じ高さだ。もしかしたら、見られていたかもしれない。

燕は背の短刀を抜き、音をたてずにかかげ、止まった。二秒程の間を開けて燕は短刀を振り下ろした。短刀は少女の顔の目の前で止まる。燕はため息をついて短刀をそっと閉まった。小さいため息で聞こえない、ただ見ればうなずく様な動作でわかる。燕は静かに戸を閉めた。



―同じ晩・しばらく刻が経った真夜中―

燕とユイはセイの用意した民家で寝泊りをした。現場からは離れたあまり目立たない町の外れである。ユイは仰向けにまっすぐぐっすり寝ていた。燕は横を振り向き、縁側の方を向いた。寝付けなかった。

布団を引っ張り、縮こまる。ため息をついて目を閉じる。その時初めてその気配に気付いた。不覚だった。侵入を、しかもすぐそこまで接近を許してしまった。燕は布団の中の短刀に手を伸ばし、掴むと振り返りながら身を起こしつつ短刀を抜こうとした。が、抜き切る前にその手首を掴まれ、抜いたものの空しくも両手首とも押さえつけられてしまった。

身体が布団の上に軽く叩きつけられた。次に燕を押さえつけた者は短刀を持っていない燕の右手首を離し、代わりに本人の左腕で押さえつけ燕の口を塞いだ。必死に抵抗するが腕は振り解けそうにない。これでは騒ぐこともできない、両腕が塞がれ抵抗できないうえに馬乗りされている。彼女が焦る中、その者は小さな声で彼女にささやいた。

「しー!静かに!」

そう言われ、落ち着いて闇に目を凝らし凝視してみるとそこには見慣れた懐かしい顔があった。

「ユイちゃんが起きちゃうだろ?」

セイだった。するとセイは口を塞いでいた右腕を放し、その手を燕の顔の前で振ってみせた。

「やぁー、元気?」

次の瞬間、丁度セイの右腕の力が緩んだ時、セイは力いっぱい押し返され転がった。

「はははは。答えはどうやら『はい』のようだな。相変わらずか、」

セイは笑ってわざと燕をいやらしい目つきで見た。むっとした顔をして燕は今の騒動で肌けた寝巻きを正し、布団を引っ張る。上半身だけ起こした状態で問う。

「何をしに来たんですか?」

「ははは。まぁ怒らない怒らない。このセイさん、お二人さんの寝顔を盗みにやってきました〜〜。」

セイは笑って言った。燕から返事はない。ただ明らかに非難の目で見られていた。それを察してセイは頭を掻き尋ねた。

「どったの、寝付けないん?」

無言だったが反応はあった。燕は目をそらした。

「はは〜ん♪」

図星だったことにセイは気付き面白そうに納得した。

「何ならさ〜、このセイが話し相手になるさ。遠慮せずに、先輩に話してみ。ただし静かにね。」

燕が何か話したそうだと悟ったセイは先に話しかけた。

「何かあったん、今日?」

返事はない、だが反応はあった。

しばらく間を置いてセイは別の話題を振った。

「燕ちゃんさ〜、似てるんだよね〜。」

すると燕は顔を振り向けて一瞥した。

「あいつ、朱雀に。」

「なっ!」

燕が何か尋ねたそうな雰囲気だった。

「なぁ〜に、押し黙った感じとか〜、あまり喋んないとか、それに我慢強そ〜な感じがそっくりだからさ。ま、忍びだからそんなん当たり前だけど。」

セイは解説した。燕は考え込んだ。

「あんま冗談言っても反応ないからさ〜、朱雀にゃ手〜焼いたよ。一応笑ってくれたことはあったけど。」

「あいつが・・・?」

燕が初めて返事を返した。

「ああ。どんな〜〜奴でも絶対笑顔は持ってるのさ!そのうち燕ちゃんのも頂くよ〜。まぁその前に今晩は寝顔を頂戴させてもらうがね。無理して寝ないなんて言うなよ。」

間を置いてから思い出したようにセイはつぶやいた。

「ま、でも朱雀はそれで強かったからな、」

燕はその言葉にうつむいた。そして、布団を手に横になった。最後に一つ問う。

「ねぇ、朱雀は、子供も殺せるの?」

「はっ?」

セイは困ったが女性の質問に答えないのは彼の主義に反していた。律儀な男なのだ。

「ま、必要ならな。」


第二節―――――



―翌朝―

ユイは立ち往生しながら身震いしていた。明らかに込み上げる怒りを抑えている様子だった。その右に燕、はともあれ、左に片手で頭を掻いて笑っているセイがいた。

「あれ?ユイちゃんひょっとして怒ってんの〜?」

「当たり前です!」

「なははは〜。」

「笑ってごまかさないで下さい!」

「いや、怒ってる顔も可愛いね〜♪」

「ひ、冷やかしても無駄ですよ!!」

「怒った顔も、いっただき〜〜。」

その時ユイの神経の何かが、重みに耐えきれなかった縄のようにぶつりと切れた。ユイは鉄扇を尋常ならざる速さでハリセンのごとくセイの頭目掛けて居抜いた。それを尋常ならざることにセイは避けた。少しばかり燕も驚いた。さらに二撃、三撃目をすっすっとしゃがんでかわして見せるセイ。さすがのユイもやけになってきて、鉄扇を振るのをやめた。

「ユイちゃん、それはハリセンじゃないよ。はははは。」

鉄扇を喉に突きつけられる。

「ふ・ざ・け・な・いで下さい。誰だって朝一番に目覚めて鳥のさえずりが聞こえる中、幸せそうに何考えてるかわからない様な貴方の顔が自分の顔を覗いているのを見て・・・怒らないわけないじゃないですか!」

何となく彼女自身の理想の朝の迎え方とそれに相反したものを語っている様に聞こえた。

「いやぁ〜悪い悪い。あやまる、ごめんごめんご。許して。ついつい寝顔見てたら寝入ってしまって。」

「だ・か・ら、人の寝顔を見に忍ぶなんて最低ですよ〜!大体女性の部屋ですよ!」

「あれ、おかしいな〜。んなことどこにも書いてなかったけどな〜。」

セイが能天気に言ってみせる。ユイの中の何かがまた切れた。鉄扇が宙に空しくうなる。いい加減燕も浅ましがる様子でいた。何故こうも二人は・・・。



「というわけで・・・さいなら〜。」

セイは通りを去っていった。昨夜二人が忍んだ時、どうやら目標が一人居なかったらしい。そのこともかねてセイは昨夜の燕達の起こした事件に関する情報収集などのため、視察に行った。祭りの日なので適当に楽しんでこいと、セイに指示を出された。地理は把握してある。この町で女性がよく着るのと同じ着物を着て、燕とユイは町へと出かけた。

町は賑やかだった。昨夜忍び込んだ酒屋からは離れていたからか、事件に関しては耳に入ってこないし動揺の色も伺えない。ユイはうまくその雰囲気に溶け込んでいた。そして燕を引っ張る様にして町の通りを二人で見て回った。

しばらく歩いた後だった。街道に人ごみが多くなり、また騒がしくなりはじめたのは。二人は混み合う人の流れの端を歩いていた。混み合うと言っても歩きづらいほどではない。ただ道の端から端が見えない程度だ。ふと、燕の着物の下が引っ張られる。目下ろすと一人の少女が人ごみに紛れ遠ざかっていくのが見えた。少女は一度振り返って燕の方を見た。燕は少女の顔に動揺した。知っている顔だ。昨夜の、押入れの子だ。

燕は急に少女を追いはじめた。

「どうかしたの?」

ユイに声を掛けられ立ち止まる燕。説明しづらい。少女はもう見えない、と思った時人ごみが晴れ、先の小屋の影に少女を見つけた。はっ、とつぶやき燕は後を追った。

「ま、待っ・・・」

ユイが後を追おうとしたその時である。背後から大きな腕が伸び、彼女の口を塞いだのは。人ごみの中へ、燕とは反対方向へとユイは強制的に持ち去られた。



燕は角を何度か曲がって少女を見つけた。少女は座り込んで燕が来ると振り向いた。燕が近づき、ためらってから膝を曲げ尋ねる。

「どう、したの?」

首を振って髪の毛を直す。

「一人ぼっち・・・なの。」

その一言は燕にも重く圧し掛かった。燕はしばし黙りこくって、そして尋ねた。

「何故・・・私を?」

すると少女は燕の着物の裾を引っ張り、そして自分の着ている着物の裾を引っ張って見せた。

「えっ、」

燕は見比べた。同じものだった。ため息をついて少女を見据える。少女は一人ぼっち、という顔をしていた。初めて会った頃のユイの顔に似ていた。自分もそんな顔をしている時期があったのだろうか。

「お祭り、」

少女はそう言って燕の裾を引っ張った。どうやら少女は昨夜自分を見ていない様だ。燕はしばし、考え込んだ。

「行こう、」

燕はそう言って少女の小さな、小さな手をとって歩いた。今気付けば、ユイがいない。



第四話 ―続―




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