燕 第四話:少女




第三節―――――



街道とは逆に、全く人のいない小屋に挟まれた通りを連れられるユイ。男の腕だろう。その力で体が宙に浮いた状態で捕まっている。どちらの腕も背の鉄扇には届かないが必死の抵抗を開始する。だが男はほくそ笑ってユイの髪を引っ張った。痛い、痛いがそれ以前に今朝から・・・。その時男の舌がユイの肌を舐めた。次の瞬間ユイの中の何かが爆発した。ユイは自分の頭を一閃した・・・少なくても彼女はそのつもりだった。男のこめかみに見事綺麗に当たり男は非常に痛そうに頭を降る。腕は引っこ抜けずとも肘で男の脇腹を叩きまくる。半分がむしゃらといった、忍びとは思えない動きだった。むしろもう、手をつけられない子供だろうか。ガクが見たら『見苦しいぞ、女!』と叫んだこと間違いないだろうがそんなことまで考えに及ぶはずも無かった。男は舌打ちし、ユイの体を精一杯左の小屋へと投げ飛ばした。

勢いよくユイは吹っ飛び、小屋の壁を突き破ってもう一方の壁にある木箱を壊して地面を打った。大きくせきごみ、腹を抑えて痙攣する。そこにすかさず男の仲間が一人駆けて来た。手を掴み、無理矢理体を立たせ、一発殴ろうとする。が、次の瞬間仲間の腕は宙を舞った。ユイは引っ張られた勢いで立ち上がっていた。仲間の腕が宙で放物線を真上に描いて落ちてきた所を舞う。二、三回ほど回った、少し跳ねもした。鉄扇がなぎ払われ振り下ろされた。ユイが鉄扇で舞を決めると、一瞬宙で静止したと思われた腕が三つに分解し、同時に仲間の男の体は四散し、血が噴き出した。

口元が気持ち悪い、走る男の脚がぶつかって痛い、頭が痛い、ほこりっぽい。せっかく祭りを楽しもうとしていたのに。燕に楽しませようと思っていたのに。何より今朝から腹が立って仕方が無い。

何もかも・・・こいつが悪い!!

ユイは大人らしからぬ結論を出した。ユイを先ほどまで掴んでいた男にはユイの背にゆらゆらと何かよからぬ氣が漂っているのを感じ取れた。ゆらゆらと近き、血の噴き出す音の中、鉄扇が金属音を立てて開く。猫背になった状態のユイの顔がゆっくりと起き上がったとき、男にはその目が光っている様に見えた。



手持ちの小銭でアメを買ってあげた。金魚すくいをさせた。お互いあまり口はきかなかった。そういえばユイも見当たらなかった。ユイなら、おそらくしっかりものだし、大丈夫だろう、燕はそう判断した。気付くと少女が一歩手前を歩き、それに続く形になっていた。

「(別に殺す必要はない)」

燕は自分に言い聞かせた。

「(必要はない)」

髪を片手でそろえる。

人通りのない通りに出てきた。お祭り騒ぎの騒音から離れて少し落ち着いた気もする。そこで少女はふと立ち止まり、川原へと橋の下へ降りていった。何だと思って後を追う燕。少女はさきほどすくった金魚を袋から取り出し、川原に逃がしていた。

「金魚、逃がしちゃうの?」

燕が尋ねた。

「うん。」

少女は何かしら悲しい顔をしてうなずいた。

「持ってても育てられないし。」

そして燕に向き直って言った。

「名前は?」

「えっ?」

燕はとっさに困った。

「名前。」

少し黙って燕は答えた。「かおり」もちろん仮の名前だ。今朝ユイと決めた。

「かおりは、捕まえた金魚を、逃がしますか?」


第四節―――――



一方ユイは男と、その仲間を片っ端から常人ならざる速さで、かつ容赦無用に殺しまくっていた。容赦や情けは忍びとして普段のことだが、いつもと何か違う。四方の小屋の細い柱を斬りおとし、ばらばらに落下する欠片を回転し吹っ飛ばす。それらは杭の様に悪党どもに刺さっていった。

「ひ、ひぃぃ〜!」

一人戦わずして逃げ出した者がいる。

「ちっ、逃がすか!!」

凄い形相で追うユイ。

曲がり角を曲がった所で逃げ出した男は何者かにぶつかりそうになり、短刀でその何者かをなぎ払う。それをあっさりしゃがんでかわされる。

「おっそいんだよね〜。ほらほら、来な。」

セイはそう挑発して男の太刀を片っ端から避けていく。曲がり角を曲がって追いついたユイは驚いた。セイがいる、それどころかセイが男の太刀をほとんどその場で避けているのが凄い。ほとんど同じ位置で体を捻る動作だけで避けている・・・まるでユイの一撃を今朝避けてように。

男の太刀はどんどん雑になっていく。そして挙句に小屋の壁に刺さり、抜けなくなる。

「あっらまぁ〜。初歩的つーかなんつーかさぁ〜〜。もう終わり?しゃーねーなー、」

頭掻いてからセイはもの凄い速さで男に攻撃を仕掛ける。仕掛けるがユイにはほとんどその動きがわからなかった。しかも全く足元が動いていない、つまりその場で上半身の動きだけで連続攻撃を、しかも徒手で。三秒間の攻撃の後、男はその場に倒れた。男の服装にできたセイの突いた痕を見てみると、胸骨、溝、関節、横腹、腹部、人体で衝撃が伝わりやすい部分全てに当てている。ユイは初めてセイに関心を覚えた気がした。

両手をはたいてセイが男の上に足を乗せた。

「さぁ、商売と行こうかい。」

セイは顔を寄せた。

「情報を、あんたの命で買ってやる。」

すると男は黙り込んでおびえた顔をした。するとセイは裾に手をやってそこから短刀を取り出した。すると男の口を塞いでから勢いよく男の両手に穴を開けた。男の声にならない叫び声が聞こえる。その勢いの速さといい行動の速さといいユイは少し目をそらしたくなった。

「さぁ〜て、俺は野郎相手には気が短いんだ。次は腕の関節逝くぞ。その次は手首だ、さぁ答えな。」



しばらくして、

「なーるほど。」

セイは納得して顔を緩めた。いつものにこにこ顔になる。

「んじゃ、さいなら。」

セイは男の心臓を一刺しして立ち上がる。

「どうしてここにいるんですか、」

ユイが問う。

「睦月って商人が昨夜酒屋を留守にしててね。お前らが仕留め損なったんだよ。」

セイは立ち上がって首を捻りながら答えた。

「そんでもってその睦月って野郎が昨夜町から夜逃げ。代わりに浪人どもで報復しに来たってわけ。で、俺は見た感じ怪しいこいつらの後をつけてきて、一人捕まえて問い詰めようと思ってたんだけど・・・一人姿消しちゃ怪しいからばらばらになるのを待ってて、んでもってそしたらユイちゃんがいたからさ〜。あ、ちなみに逃げてきた野郎は一人残らず片付けたよ。生憎俺様は野郎の寝顔を見る趣味はねぇから、きっちり息の根は刺しておいたぜ。」

「あ、ありがとうございます、先輩・・・って」

ユイは頭下げそうになってからさっと顔を上げて尋ねた。

「いつから居たんですか!?」

「ははははー。」

セイが高笑いして頭を掻いた。

「いやー、ユイちゃんが野郎どもに捕まってガキみたいにぶつ切れて、いやぁ〜高みの見物の見せもんとしては良かったよ〜。切れてるところもガキっぽいのが可愛いいしさ。」

「最初から居たんですか・・・それに・・・ガキっって・・・?」

ガクじゃあるまいしと失礼なことを考えながら初めて先ほどの行動に恥を感じつつも、すぐに別の何かがユイの中に込み上げてきた。そのときユイの何かがまたぶち切れた。



 第四話 ―続―




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