燕 第五話:私情




第三節―――――



―「巣」・イスカの間―

「ユイの士気が衰えていると・・・?」

イスカが問う。

「ああ。」

お茶を啜って百舌が答えた。

「ユイ、燕、ガク、そしてゲン。あの四人の中で頭的の務めと責任を持つのがユイだ。彼女自身それを強く自覚し、それ故に現状況を重く感じているに違いはない。」

「原因は?」

イスカが鋭い目で問う。

「朱雀の逆だな。」

百舌がイスカを見据えて答えた。イスカは少々引いた。

「ユイは感情が前に出やすい、左右されやすい。少々決意を強めておかなくてはな。」

「それで今回の任か・・・。」

イスカが不安げな顔色を見せる。

「朱雀の二の舞にはならんよ。」

百舌の一言にイスカは敏感に反応した。

「そこまで彼女は弱くはない。そこまでもろくはない。」



―山中・森の中―

新しい装束に着替え、近くの川原で顔を洗って血を落とした一行。ユイもやっと落ち着きを取り戻し、呼吸を整えていた。

「大丈夫か。」

座り込んだユイの傍に水無月は来て首をかしげた。

「普通、あの様な光景を見て平然していられるものはいない。現に私も、気を悪くした。早く忘れた方がよいぞ。」

「ありが・・・とう。」

ユイは小声で答えた。笑顔を取り戻した。

「そなたはともかく、」

そう言って水無月は腕を組んで木の傍に立っている燕に目線を写した。

「そなた、ひょっとして忍か?」

燕はあまり動じていなかった。

「動じないのだな。背中に背負っているのは忍び刀だし、動きも、そして雰囲気で、そんな気がした。」

水無月は微笑みで言った。

「さて」

水無月は生き残った、ユイに命を救われた男の方へ歩んで尋ねた。

「先程の・・・話が違うとはどういう意味だ?」

「ああ、あいつ、あいつとは3日前に知り合ったばかりなんだ!お、俺はわ、悪くねぇ。頼む、命は!!」

「安心しろ。私は無闇に人を殺さない。」

水無月は答えた。

「ほ、本当だな?」

「私は嘘も嫌いだ。さぁ言え。」

腹が立ったのか、少し水無月の顔が厳しく、声が鋭くなった。

「わかった。俺たちは、ただの山賊さ。ただ、あのデカイ奴、俺たちの稼ぎを手伝ってやるから道案内しろって・・・。」

それを聞いて水無月は目を細めた。傍らにいた名無しと顔を合わせる。

「それはどこだ?」

「光邑生町。」

すると水無月と名無しは顔を再度会わせ、うなづいた。

「よし、お主。そこへ私達を案内してくれ。」

そう言って水無月は荷物を拾った。

「短い仲だったな。」

水無月はユイと燕の方へ向き直り、言った。

「手助け、感謝する。また会うことがあれば、その時はそなた方に手を貸そう。ではな。」

「あっ、さようなら・・・。」

ユイは返事を返した。森の木々の中へ水無月達が去っていく時、山賊の男は目線をそらしながらユイの前で止まり、身を投げるようにして地面に土下座した。

「か、かたじけない!!この命、大事させてもらいやす・・・。」

そう言って男はユイを見ることなくそのまま駆けていった。

「何故、」

燕が傍により、尋ねた。

「何故助けた?」

「・・・殺す必要、あったかな?」

普段より少し弱気のユイの言葉に対して燕は無言だった。ユイは自嘲して言った。

「私・・・ダメかな?」

燕は無言だが興味がありそうな顔をしていた。沈黙がしばらく二人の間で通った。

「ユイ、」

燕が躊躇しつつ、心配を隠すような表情で尋ねた。

「じゃあ何故あのとき、あれほど怯えたの・・・?」



―11年前・山道―

荷物と荷台を背負った商人たちが誰もいない山道を通っていた。誰もいないといっても商人たちが多用する山道には変わりない。村と村の間の山道だからこそ人通りはないのは当たり前だ。ユイは背に木箱を背負っていた。そのせいか小さな体で支えるのに疲れ、膝に手をついた。一瞬視界が足元へ行った。

「さゆり〜。」

父親の声が聞こえ、顔を上げた。一瞬、ほんの一瞬だけ視界が足元へ行っていた。その間に何が起きたのだろうか。声をかける父親の背後に影と、そして吹き飛ぶ赤き血が。その時のせいか、あまり父親の顔は思い出せない。ただいつも笑顔でいたことしか。父親の後ろにいた、ユイから見てもっと奥にいる人々も同様だった。両脇の森から盗賊達が飛び出し、逃げ回る商人仲間達の間で悲鳴と混乱が巻き起こった。列の一番後ろで、ユイは一人、口を開けて見ていた。

気付くと、自分以外の皆が死んでおり、盗賊たちは自分の方へと歩み寄っていた。彼らの顔は笑っていた。だが、父親の笑顔とは相対した笑いだった。が、その笑いは長く続かなかった。一瞬にして盗賊の三人がばらばらに散った、体が。振り返った一人の顔が垂直に斬り裂かれる。何かをまわしている黒い影がいた。速すぎて、目には映らない。ただ、輝く金色の髪は見えた。

気付けば盗賊は三人になっていた。一人が前に飛び出し、影に戦闘を挑んだ。ふと、ぼやけていた意識がその時戻った。鋭利な刃物が自分へ向けて飛んできた。目を大きく見開いた、そのとき、それまで速すぎた金髪の髪の男の姿が始めてくっきり目に映った。男は、影の正体は異形な形の武器を回して跳んできた刃物を全て弾いた。すると立て続けに今度は頭上から刃物が飛んできた。それも男はうまく武器を歯車のように回転させ、弾き、振り下ろした。が、そのときだった。その振り下ろした隙に、盗賊の一人は頭上を越えて、襲い掛かってきたのだ。だが、男は動じなかった。男は持っていた武器を二つに分解し、両刃のうちの片方を居抜いて頭上の男のどてっぱらを斬り裂いた。丁度、赤い雨が見上げていたユイの視界を真っ赤に染めた。その後は・・・覚えていない。気を失ったのだ。



―現在・山中森の中―

「で、気付くとリュウさんがいて・・・」

ユイは遠い日を見る目で話した。

「行く宛てのない私はあの人についていったの。それが、私が忍になったきっかけよ。その後、忍になるかって問われた時、私、私を救ってくれたリュウさんみたいになれたらなって思って・・・。」

そこで話を止めて燕に微笑んで言った。

「ま、それで・・・さっきは、視界が真っ赤で、水無月さんがあの時のリュウさんみたいに見えて・・・気が狂っちゃった。やっぱり・・・血は嫌いよ・・・。汚いのは嫌い・・・。」

燕は答えなかった。無表情だった。ユイは顔を上げてその表情を確認するとため息をついて顔を落とした。

「やっぱり・・・駄目ね、私。」

表情が暗さを増した。

「わかってる。わかってる・・・。」






第四節―――――



―目的地・鉤村―

「菫さん。あ、か、かたじけない!」

ゲンは謝った。

「い、いえ、わ、私こそ・・・。」

躊躇し、驚きをあらわにしながら少女は謝罪した。ゲンの手が彼女の首を解放した。背後から不意打ちで彼女に目隠しをされたのだ。

「反射的につい・・・どうかお許しを。」

ゲンは深く頭を下げた。

「い、いえ、いいんです。そ、それより・・・どうか、なさいました?顔色の方が優れませんようですけど・・・。」

少女が顔を覗った。

「いえ。菫殿、中へ入りましょう。ここは冷えます。」

ゲンはそう言って菫の手をとって角を曲がった先の小屋へと入っていった。古さびた安い小さな家だった。田舎村で外部とは全くつながりのない場所だが景気はいいし人もいい。二人は一人暮らしの老婆の家に居候している。

「おう、菫、ちと手伝ってくれんかの〜。」

老婆は細い声で呼びかけた。猫背だった。

「は、はい!只今〜。」

菫は答えて老婆の下へと歩み寄っていった。老婆の肩を支えると、振り返ってゲンの方を見た。

「あの〜」

「気にするな。俺は・・・部屋にいる。元気に、婆さんを支えてやってくれ。」

ゲンは顔だけ向けて言った。その表情に何か悲しさを菫は感じ取っていた。気になったが、先ほどの様子といい、聞くのに少々気が引けた。

「はい!」

とりあえず返事をした。そして再度老婆の方に振り返り、台所へと向かう。

「菫」

ゲンが廊下の奥から呼びかけた。

「何があっても・・・元気でいてくれ。」



自室へ入り、障子を閉める。ゲンはクナイをどこからなく取り出した。そこには一枚の紙が刺さっていた。それを開いて読む。内容は以下の様だった。

『今宵戌亥の刻に北東の森へ来たれ 』最後に漢字でユイの名が書いてあった。

「姉者・・・。」

ゲンはつぶやいた。菫が訪れる前にクナイが己目掛けて飛んできたことを思い出す。無言で音を立てずに跳躍すると、天井を開き、そこから箱を取り出す。

「(戌亥の刻に出でても不利なだけ。まだ日が沈まぬ今手を打たなければ・・・姉者達に対して勝ち目は無だ・・・。)」



―20分後・ゲンの部屋―

「玄一様・・・」

恐縮そうにそっと戸を開いて入ってきた菫は部屋にゲンはいなく、開けっ放しの窓の障子と開けっ放しの見慣れない箱に目を配った。

「あれ、この箱は・・・」

彼女の記憶ではここまでの道中、ゲンが彼と彼女の私物の入った箱の他にもう一つ、中身を教えてもらっていない箱があったことを思い出した。抑えられぬ好奇心、それとも疑心か、彼女はその箱の中身を覗いてみた。空っぽだった。だが、代わりに一枚の手紙を見つけた。それを取り、開こうとした、その時、嫌な風が吹いた。その勢いのあまり、目をつぶった。

「嫌な風、さっきまでは穏やかだったのに・・・胸騒ぎがする・・・」

手元の手紙を見て、そして窓へ行き障子を閉めようとした。その時、彼女はうごめく影を見た。黒い影を。直感だが、その後ろ姿が誰だかわかった気がした・・・



―同刻・村はずれの森の中―

忍装束に着替えたゲンは森の中を慎重な足取りで進んでいた。段々茂みが深くなってきた。村のはずれではそれほど自然に富んだほどではないが次第に視界が自然でふさがれてきた。木々の間隔も徐々に狭くなってきたが、ふとその間隔が広い一帯に出た。

「!!」

その時、背後から風を斬ってクナイが飛んできた。とっさに飛んできた方向を判断し、反対側へと跳ぶ。三本飛んできた。うち二本は地面に刺さったことからそれらは足を狙ったものと推測可能、それより一本水平に飛んできたことから相手は地上にいたと判断できる。警戒心を頂点まで上げ、辺りを見渡す。すると右の茂みで物音がした。今度は背後で。何かが、いや誰かが彼の周囲を素早く円状に移動している。

「くっ!」

するとクナイが再度飛んできた。今度は右からだ。それを跳んでかわす。が、そのとき背後から何者かが飛び出してきた。

突く。燕は忍び刀を抜け忍目掛けて刺した。茂みを円状に移動、撹乱。本来は二人以上でやってこそ効果があるのだがユイはまだ戻らない。クナイをゲンが避ける方向など最初からわかっていた。ゆえその方向へとさらに速く回り込む、それも音をたてずに。見事急所を刺した。が、手ごたえがなかった。たしかに相手は目の前にいるはずなのに・・・

「!」

燕は刺しているのが忍装束のみだと言うことに気付いた。ゲンの得意とした空蝉の術だ。即見上げると目前にゲンが迫っていた。その形相は本気だった。体を捻ってゲンのトンファーの一撃が振りかざされ、燕は刃を返して受けようとするが、間に合わなかった。刺さった忍び装束が厚めになっており、刃の進行が鈍ったのだ。受けることはできたがゲンの一撃はどっち道受け切れなかっただろう。最も、勢いが足り無すぎたため、燕の体は思いっきり吹っ飛ばされた。

運悪く茂みがなく、傍の大木へ思いっきり背中からぶつかって地面に叩きつけられた。素早くは立ち上がれなかった。容赦なく即クナイが飛んで来る。起き上がって避けようとしたが、顔に当たるのは避けられても足に刺さってしまった。体の苦痛と足の痛みで、到底跳ぶ力が引き出せない燕の真横にゲンは既に回りこんでおり、重たい一撃を両腕で振りかざしていた。忍び刀を返すが観ると刃がぼろぼろにかけてヒビが入っている。案の定刃は二つに割れ、トンファが燕の脇腹に炸裂、再度飛び、今度は茂みのおかげで衝撃は免れたものの、そこへさらにゲンの追い討ちが襲い掛かった。一発が心臓狙い、一発が左足狙いだった。とっさに身をずらしたため急所は免れたが腹に一発入り、足にも激痛が走った。茂みを乗り越え、地面を打って倒れる。そのとき足のクナイがずれ、再度足に苦痛を走らせる。

「くっ!!」

歯を噛み締め、体をうつぶせ状態からわずかながら起こす。茂みを跳び越しゲンがさらなる追い討ちへと来た。

振り下ろされるトンファーの一撃。首への一撃が入るのは明らかだった。だが後一寸のところで空ぶった。燕は一寸の位置まで来るのを待っていたのだ。

「くっ!!!」

とっさに振り返るが遅く、脇腹を斬られる。深くはなく、急所を免れたのは運がよかった。振り返る勢いで回し蹴りをかまし、そのままトンファーを降る。トンファーは後ろのめりに燕にかわされたが蹴りは入った。一気に攻め、そして背後の大木に背中を押し付けた燕の首に一気にトンファーを向ける。二人とも静止した。ゲンは息を呑んだ。燕の小刀も彼の心臓の位置にあったからだ。見れば燕の顔はまだまだ余裕だった。というより、いつも通りの無表情の表情だった。静止した空間に穏やかな風が吹いた。吹き止んだとき、その場の状況を変える刃が開いた。

ユイの鉄扇がゲンの首元で止まっていた。ゲンの目線がユイの方へ向き直った。燕が隙を見て小刀を動かした。

「待って!燕、」

ユイは叫んだ。燕は腕を止めた。ユイはゲンに向き直って、彼の視線が一度燕から彼女の方へ戻るのを確認し、話し始めた。

「ゲン、」

一瞬悲しそうな目になったが引き締め、ユイは問う。

「何故、何故任務を果たさないで・・・本条菫を連れて姿をくらましたの!?」

ゲンは歯を噛み締めた。

「答えて!」

頼みこむようにユイは叫んだ。

「彼女は・・・、彼女は何も悪くないんだ!!」

ゲンは叫んだ。

「本条家はたしかに根っからの悪だ。許せない!金と権力で人を騙し、人を売るような真似もしていた!!だが・・・彼女はそんな家族でも大事に想っていたんだ。家族のために家事も汚い掃除も、熱心に働いていた。そんな彼女から・・・俺は奪ってしまった。いや、俺はあいつらを殺すのにはためらわなかったさ!ただ、彼女は殺したくなかった、それに悪いと思った。だから・・・」

「だから・・・彼女を連れて世話している・・・」

ユイは歯切れの掛かったゲンの声の代わりに言ってみた。

「ああ。俺にはできん。忍はもう止めたい。間違ったことは、したくないんだ・・・以前彼女と同じ立場だった俺だから、だから・・・・・・痛いほどわかるん・・・」

「ふざけないで!」

ユイは叫んだ

「貴方、忍でしょ?強く生きたいから、強くなりたいから忍になったんじゃないの?」

鉄扇が震えていた。

「任務を、自分の責任を果たさないで、私情や個人的理由で、勝手な行動を取らないでよ!そんなの・・・自分勝手よ・・・」

鉄扇の振るえが止まった。

「そんなの・・・強い奴なんかじゃない!!」

沈黙が走った。



だが、この後、とんでもない形で沈黙が破られ、悲劇が起こった。



第五話 ―続―




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