燕 第五話:私情
第五節―――――
―5日後・「巣」―
「ご苦労。」
イスカが言った。間を置いて言う。
「つらかったかもしれん・・・悪く思うな、休め。」
「いえ、」
低い、ユイらしからぬ低い暗い声だった。
「責任を、果たしたまでです・・・。失礼します。」
ユイは最後まで顔を上げず、影のかかった顔を下げ、部屋を出て行った。
イスカは障子を開け、雨の中、去っていくユイを眺めて聞いた。
「良かったのか、これで?」
「ああ、」
どこからとなく百舌が部屋の片隅から姿を出した。
「抜け忍のゲンは情と私事で勝手に任務を放棄した。最後は、本条菫、いや・・・」
百舌は口元に手をやり、訂正した。
「彼の置手紙で真相を知って駆けつけたランを、かばって息を引きとった。」
イスカは黙っていた。
「おそらく彼女、ユイは、ゲンが私情を挟んで死んだ、と感じているはずだ。想像以上に成功じゃよ。」
「お前の、人の見る目は相変わらずだな・・・たしかに、今後はいっそう引き締まるだろう。」
「結果はまだじゃよ。今回の件は、まだきっかけに過ぎん。このきっかけを通して、どう彼女が思考するか次第じゃ。答えまだまだ出ぬよ。」
ユイは回想した。
―ゲンが死んだ当日―
「あたし・・・なります!何でもします!!だから・・・私も忍にしてください!!」
菫は叫んだ。
「忍になって・・・玄一、いえ・・・ゲン様の仇を、貴方を絶対に倒してみせます!!」
豪雨に打たれながら、うつむいてずぶ濡れたユイは渡り廊下の前まで来た。するとガクが通りかかった。
「おい!ゆ、ユイ!」
照れ隠ししながらガクは袖から手ぬぐいを取り出した。
「風邪を引く、馬鹿はよしてこれで拭け!!」
顔はそっぽ向いて手だけ突き出す。が、空ぶったのか、ユイはそのまま前に進んでいった。
「おい!ゆ・・・女!」
ガクは憤慨した。
「せめて・・・拭いてから入れ!!」
ガクはそういって手ぬぐいを投げつけた。頭上を越え、手ぬぐいはうまくユイの手元に収まった。
「たく・・・名前で呼んでやったのに・・・。」
しばらく歩いてまた誰かとすれ違う、ふと見上げるとそれはリュウだった。だがユイは顔を深く下げ、そのまま二人ともお互いを通り過ぎた。
「どうした?」
リュウの声がかかった。
「らしくない・・・」
リュウは身を翻し、ユイの元へ歩み寄った。
「無理はするな。」
そう言って手ぬぐいを取り出し、ユイの頭を拭いてあげた。ついでにびしょぬれの頬を拭く。拭いているとユイの顔が上がった。拭いたばかりの頬には水滴が両の頬に水路を作っていた。
懐かしかった・・・会いたかった・・・甘えたかった・・・だが・・・・・・忍だから・・・ユイはそんな気持ちを胸の奥に、潤んではっきりしない視界の中リュウを見つめて、そして・・・。リュウの思いも寄らぬ優しさに、予想し得なかった感情に、ユイは我慢ができなかった。そのままリュウの胸にしがみつき、声を上げて泣いた。
リュウはそれを黙って、そのまま一緒に居てあげた。
「この句集・・・」
アンは自室でユイの読んでいた句集を読み終え、想いふける様子と表情でつぶやいた。
「恋の句集か・・・。」
燕 第五話:私情 ―完―
第六話:力
―予告―
髑髏の男はあざ笑う
髑髏の男は見透かす
髑髏の男にあって燕にないもの
朱雀にあって、燕にないものを
そして
燕の強さも、燕が恐れることさえも
「経験だ・・・経験の差だ・・・。」
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