燕 第六話:力
第三節―――――
―「巣」・イスカの間―
「睦月は光邑生町にいるだと?」
イスカは機嫌を損ねた様子で尋ねた。
「罠だったか。」
百舌も苦虫を噛み潰したような表情でつぶやいた。
「ああ、間違いない。」
セイは一人得意げな顔で答えた。「あの三人には悪いが・・・俺の失態だ!わりぃ!」
セイは表情を変えると頭を下げた。
「即リュウを派遣するか?」
イスカが真剣そうに尋ねた。
「いや、奴を送ろう。」
「俺送ればいいのに〜。」
といつもの間にか頭が上がっているセイ。「それはそうと、そうそう!そういえば面白い話があるっすよ。」
「後にしろ。」
とイスカ。
「なぁに。急いでも事は始まらん。言ってみろ。」
と百舌。
「それがさぁ〜、」
セイは身を前に乗り出して自信満々な顔で答えた。「光明寺・光明殿の武士・兵士が昨夜遅く、戌亥の刻に全員斬られているのが見つかったそうです。」
「光明寺・・・徳川参剣将含む三十人の腕よりの侍達がか?」
「ほぅ、続けろ。」
さらに二時間後、燕とユイはガクに体を揺すられ起こされた。
「どうしたの・・・、ガクちゃ・・・」
言いかけてユイは言葉を止めた。外で何かがうごめく物音がしたのだ。燕は即座に反応して床の忍び刀を手に取る。
「いるよ・・・」
燕は外に視線を向けながらユイへと顔を向けつぶやいた。
「奴ら・・・俺達が出てくるのを待っている様だ。俺は外に出て見張っていたが、つい先程向かいの屋根に三人現れた。だが奴等、襲ってこなかった。薄気味悪い変な連中だ。気をつけろ。」
ガクは説明した。燕とユイは装備を取り、準備を整える。「どうする?」
「そうね、できれば戦闘は避けたいところだけど・・・まだ暗いし、森の中を逃げるのにも不利ね。少なくても、私達二人は・・・。」
ユイが燕の方をちらっと見て言った。
「フン、俺一人で片付けてやろうか?」
「待って。ねぇ、本当に三人だけ?」
「何?」
「外、」
ユイに言われ、ガクが窓の隙間から外を覗くと三人が五人に増えていた。
「・・・・・・」
燕は七時間程前に闘った相手を思い出した。彼らは数こそが力だと言っていた。燕はそんなことは小細工に過ぎないと思っているしあてにしていない。『奴』は一人で超えなくてはいけない、そう感じているから。だが目の前の敵もまた数こそが力だと信じているのだろうか。
「薄気味悪りぃ。こうなったら三人でとっととやっちまうぞ。」
三人は扉を開いて外の通りへと飛び出した。「!?」
何と屋根の上には五人ではなく、十人いた。他の屋根の上にいて、窓からでは確認できなかった。「ちっ、手間がかかるな。」
どれも顔を髑髏の様に塗っている。実際、真夜中だと髑髏にすら見える。
「薄気味悪いわね・・・」
退きながらユイが言った。
「待って。」
燕がそう言って通りの先の屋根を指した。そこにはもう一人、髑髏顔の傘をかぶったのがいた。数いる敵の中、燕が者を見つけた理由は他にならない。その者が唯一違う雰囲気を漂わせている。そう、まるでそれは燕にあって『奴』にあるもの・・・。
「そやつらは動かん。」
男の声だ。傘をかぶった髑髏は言った。「ワシの命令なしにはな。」
「何者だ、貴様!」
ガクが叫んだ。
「歌舞伎者」
男は答えた。老いた声だったがはっきりと聞こえた。「と呼ばれる者だな、強いて言うなら。我々は骸組、ワシはその長の葉月。」
どこか余裕と落ち着きを持った、どこか侮りがたさを放つ声。大きな傘を肩に置き、続けた。「昔の殺し屋よしみの仲間に、お前達を殺すよう頼まれたんだな〜。」
葉月は二の腕の指で頬を掻きながら言った。「ま、言った通りだ。骸組はワシの命令なしには動かん。」
そう言うと掻いていた手を差し出して手招きした。「さぁ、かかって来い。ワシが相手だ。」
その声はどこか、挑発的な、むしろ暇潰し程度にしか思っていないような余裕と自信があった。
「ちっ、なめやがって。」
「この状況じゃ・・・逃げても不利ね・・・。」
「・・・」
燕は忍び刀へと手を伸ばした。
「俺が行く。」
ガクが前に出た。「お前達は負傷している。援護しろ。」
ガクは篭手を調整すると一歩ずつ前に出た。「行くぞ!」
飛び出すガク、それに続き燕とユイも後に続いた。
「あの男が育てた忍・・・」
例の森で三人を見届けていた傘の男だ。やはり、町外れの森から一人木陰で眺めている。「お手並み拝見と行くか・・・。」
第四節―――――
葉月は高く跳躍し、燕とユイが投げつけたクナイをかわして見せた。宙で傘を開き、ゆっくりと風に身をゆだねながら降下してくる。
「野朗!」
ガクはすぐ後を追い、葉月めがけて飛び込んだ。
「駄目!」
ユイは叫んだが遅かった。ガクが丁度蹴りを入れようとしていたときに、葉月は傘を閉じ、ガクの下をとった。葉月はそのまま宙で傘で弧を描く様に振り上げ、ガクの腹へと直撃させた。着地し、再度跳躍。今度はガクの上を取り、左から右へと半円の弧を描く様にしてガクを叩き落した。古く、錆びた屋根の端を粉砕し、ガクが地面に身を打った。
宙にいる間は攻撃を避けることができない、攻撃の機会だ。燕が一気に突っ込んでいく間、ユイはクナイを宙にいる葉月へと放った。葉月は身を翻して向き直ると傘を軽く一振りしてそれらを弾いて見せた。「あの傘・・・!」
ユイは燕に遅れをとらぬ様即動いた。
丁度着地間際に燕は葉月へと突きを入れた。葉月は傘の先端で弾き、一歩退いた。
「鉄傘・・・。」
燕はつぶやいた。だが間入れず燕は葉月へと素早い太刀で追う。葉月は下がりながら間一髪傘を交えると、傘を忍び刀の下で受けた状態で傘を開いた。その勢いで腕が弾かれるが忍び刀は腕から放さなかった。燕は素早く腕が弾かれた方向へと身を返してその勢いで常人では成せない体制直しを試みた。同時に追撃も。だが葉月は傘をそのまま方向を変え、燕の右足の狼鬼五人衆戦での斬り傷へと傘を突いた。傘が回され、傷がえぐられるとともに燕の表情が一転した。「ああぁぁ!」
悲鳴を上げ、姿勢を崩す。燕の体制直しは速い、速いが葉月には無駄な動きがなかった。まるで全て熟知しているように。前のめりになった燕の頭に傘が振られる。忍び刀が盾になり、直撃は免れたが燕は倒れた。
葉月は即大きな一歩で燕を飛び越えると背後から斬り刻んできたユイの三連撃をかわした。間髪入れず振り返ってユイの方へ飛び込む。だが、その無防備な所へユイは一気に殺すため体制を立てる。が、葉月は傘を開いた。大きな傘によりユイに対し葉月の体は完全に隠れてしまった。
「!!?」
そのまま宙で傘を回転させ突進してくる。開いた傘の先には細い刃が2寸ほど飛び出している。ユイは体制を変え後退する。葉月は傘を閉じた。閉じたと同時に大きく前に一歩跳び出し突く。ユイは顔面ぎりぎりで後ろのめりになって避ける。そのまま爆宙するかのごとく体制を整える、はずだったがそこで葉月は傘を開いた。金属音と月明かりで光る刃がいっせいにユイを襲い、その足を引き裂いた。ユイの表情が激変するのも待たず、傘は回転してその傷をえぐり出した。体制を崩して倒れたユイに傘の刃が迫る。
背後で物音がした。葉月はそれを聞き取り、傘を閉じて下駄でユイの腹を踏みつけ、勢い良くガクの方へと向き直った。「ぅっ・・・あぁっ!」
ユイの上半身が跳ね上がり口から血が吐かれた。
「はぁぁぁ!!!」
ガクが突進してくる。葉月は真っ直ぐ突進し、間合いに入る前に一歩右へと跳んだ。丁度燕が頭を抑え、倒れている所だ。そこへ、燕に対し頭に蹴りを入れ、一歩退いてガクとの間合いを取る。
「あぁっ!!」
見えなかったが燕は苦痛のあまり歯を噛み締めていた。
「くっ!貴様ぁ!」
ガクは葉月の傘を忍び刀を抜いて受け止めた。鍔迫り合いで金属音が響く。「何っ!?」
ガクの方が押されていた。相手はどう見てもガクより身が細く小柄な男だ。交差する刀と傘の向こうにある顔は間近で見ても髑髏に見えた。ただ唯一人である証の目がはっきりと見えた。右へと踏み出し傘を受け流し、ほぼ同時に裏拳を入れる。葉月のこめかみに当たった。
「ガッ!」
葉月はわずかながら声を上げ、歯を噛んでふんばった。すかさずガクの回し蹴りが葉月の背に当たり、同時に忍び刀で一太刀浴びせる。肩から上半身の上の部分を斬っただけのため、まだ死んではいなかった。刃を返し、脇腹へと太刀を入れる。だが葉月はふんばって傘の先端で忍び刀を抑えた。
「!」
受けるのではなく抑えた、傘の先端で。刃に対して平行に傘を保っている。身を翻すと同時に葉月は傘の先端の、その先端で火花を走らせながら刃のと水平に受け流れるようにガクに近づき、一歩踏み込み傘を腹に入れる。流れたガクの刃は低い姿勢の葉月の頭上にあった。そのまま傘をえぐるように回して、ガクをその勢いで宙に浮かせると、身を低いまま回転させてその勢いで跳躍し、傘を胸へと突き上げた。二人は月夜の空中を舞った。そして葉月は着地し、ガクが屋根に身を打ちつけた。
「立派じゃな。」
葉月はガクへと歩み寄りながら言った。「だがまだ甘い。お主ら達とは今すぐには埋められぬ差があるのだな〜」
ガクに近づきすぎぬ位置で止まり、前へと傘を構える。「お主らは強い。さすがあの男が殺し損ねた唯一の者の仲間というだけあるようだ。だがな、もう少しお主らが、歳を取っていれば・・・いや、違うな。根本的な力の差、鍛え方の違い、格闘術の違い、そう言ったものではない。そう、基礎体力や体格ではない。歳ではないのだ。そう・・・差は・・・」
振り返って葉月は傘をついた。「クッ!」
傘の先端で忍び刀の先端を受け止めた。互いの獲物の先端での鍔迫り合いになった。「経験だ・・・経験の差だ・・・。」
そう言って押し返し、常人ならざる速さで間合いを一気につめる。さすが「速さ」
を誇るの燕も頭の中で苦痛と対峙していることあって目で確認することができなかった。傘の先端は忍び刀の刃の上を走り、体制を崩した燕の胸の中心へと突かれ、そのまま屋根の上に叩きつけられた。その威力と勢いで燕は屋根を突き破って建物の中の机を丁度二つに割った。吐血するのも間も無く、体を打ちつけたと同時に頭もわずかに打ってしまい、頭を押さえて苦痛の声を上げる。だが、低い、短い声だった。その声はすぐに変わった。何とか立ち上がろうとする。だが腕が地面につくだけでそれ以上立ち上がれない。次には床一杯に血を吐いた。
第六話 ―続―