燕 第六話:力








第五節―――――







横では葉月が静かに暗闇の中立っていた。四つんばいになり、手をつく自分。その自分は口から吐いている、眼下には血がある。葉月の気配を敏感に感じながら燕は歯を噛み締めた。燕の身がわずかずつ起き上がった。何とか膝を立て、腕を割れた机にかけ、起き上がる。葉月は黙って傘を片手にそれを観ていた。微動だにしなかった。起き上がった燕はもの凄く荒い呼吸をし、呼吸が一瞬止まったと思うと口を押さえた。また血が湧き出た。姿勢を崩して倒れこむ。忍び刀を刺して身を支えるが立ち上がらない。葉月は傘をゆっくりと振り上げ、そして振り下ろした。燕は動いた。葉月はわかっていた。燕の決死の突きは辺りの空気を斬り裂いた。だが半身を取った葉月の服を大きく斬り裂いただけだった。刀を回して、刃を返そうとするが力無き動作は遅く、忍び刀は叩き下ろされた。だが燕の腕からは離れなかった。葉月の目には髪に隠れた燕の顔は見えなかったが歯は見えた。食い縛っている歯が。その顔には頭からの出血で半分赤く染まっていた。燕は力なき太刀を降る、受け止められる、降る、受け止められる、降る、受け止められる・・・より速く決死を最後の突きを試みた。やはり、葉月の服を斬り裂いただけだった。葉月は傘を勢い良く振り、燕を壁に叩きつけ、壁をやぶって燕は路上に身を打った。



外に出て、葉月は忍び刀を足で踏んで押さえて燕を見下ろした。荒い呼吸をしながらも、その顔は変わっていなかった。

「お主、強いの。」

燕はその言葉に敏感に反応したが反応を見せる余力はなかった。辺りから髑髏の男達の、合図らしき声が響いてきた。葉月は一度見渡すと、燕に向き直った。

「強い、意志を持っておる。今の一撃、速かった。予測はしたが見えんかったぞ。」

そう言った葉月の脇腹から血が飛び出た。そのわりには面白がっている感じがある。

「先程の続きだ。差はな・・・経験の差だ。古今東西いつどこで生まれようと、経験のみぞ我を創る、我を磨く。強さの差とは・・・その経験の差から来ると私は思うのだ。だが本当に強いのはその経験から己を磨くことだ。私は殺し屋時代、幾人もの要人やツワモノを手にかけてきた。故、攻撃の受け避け、人の行動など予測ができる。同時に、多くの者を観てきた。」

傷を抑える。

「お前は・・・意思が強い。その顔、その表情、お前は死を恐れている。ただ恐れているのではない、」

葉月は顔を前へと覗かせて燕を見下ろす。

「恐れる者は死の間際に本当は死を望む。解放をな。だが、お主は違う。死ぬことではない、何かを成せぬことに対して恐れておる。こんなところで死ぬようでは成せぬと言ったところかな?」

笑って葉月は言った。図星だった。燕は悔しくて溜まらなく、しかしどうすることも叶わなかった。

「それ故の力か・・・その傷でなお戦うとは、相当の意思・・・それこそが主の強さ。フン、無駄話もここまで・・・お開きと行こうか。」

足をどけ、向き直る。そこにいた。燕はその方向を薄れる視界の中見た。そして視界をはっきりさせた。そこに、朱雀がいた。黒い『奴』がいた。



圧倒的な力の差だった。圧倒的な力の差だった。葉月は朱雀と目にもとまらぬ短い攻防をその場でした。そして朱雀はとまらぬその速さで葉月を連続で突き、最終的に縦に斬り上げ血を吹き上げ、その胸を突いた。突いたが最後の刹那で朱雀は腕をずらして腹を貫いた。

「これ、ぁ、も・・・め・・か」

葉月は息を引きとった。止めは、胸を貫いた燕の忍び刀だった。忍び刀の刃は葉月を貫き、朱雀の腹へ指していた。朱雀の腕は葉月を貫き、燕の方へと指していた。ただ、正確には朱雀の腕は、燕の方から少しずれていたが。



『これが求めるものか』葉月の最後の一言は、燕には聞き取れた。呼吸は荒かった。だが、歯からはやっと緊張が解けた。燕の両腕は地面へと倒れた。朱雀は葉月の体を忍び刀から抜き取ると、捨て、燕に駆け寄った。うつぶせになった燕の体を仰向けにし、手持ちの救急具を朱雀は急いで取り出し、燕の頭に薬を当て包帯を巻いた。非常に手際のいい、早い作業だった。一通り処置された燕の顔色を朱雀は覗った。目をつぶって荒い呼吸をしている。そして・・・歯を食い縛っていた。燕の求めるもの、求める頂上、それは自分より遥か高い位置にいる。そして今、目の前にいる。忍び刀は最後まで腕に強く握られていた。歯のように。







燕 第六話:力 ―完―












第七話:迷い







燕は戸惑い迷み



ユイは自信を見失う



だが少年は答えを見つけていた



二人が模索する『強さ』の答えを



「燕ちゃんさ、本当に・・・強いってのがそんなんだと思ってんの?」









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