燕 第六話:力




第三節―――――



―「巣」・道場―

「うりゃりゃりゃうりゃー!」

セイが珍しく装束を着ており、燕相手に組み手をしていた。素手の組み手である。だが一方的にセイが攻めており、燕は苦難の表情をしていた。両手に装備した木製の篭手刀で攻めるセイの姿は葉月戦を回想させる。

「避けてばっかじゃ始まんないぜ!」

セイは速度を上げ、燕の懐へと飛び込んだ。燕はセイの篭手刀、篭手に刀が装着されている攻防一体の武器の突きを受け、弾いて刀で突く要領で拳を突く。だがセイは腕を弾かれた勢いで半身を取る。受けからの燕の突きは並みの速さではなかった。燕の誇る受け決めに転ずる速さは専売特許だったがセイはそれをすんなりとかわして見せた。受けたセイの一撃が重かったのもあるが、セイは予測していたのだ、いや、燕は予測されていた。

「甘い!」

セイの左腕の篭手刀が燕の肩を叩く。

「くっ!」

一瞬体制が崩れ、その隙に燕の頭上から篭手刀が振り下ろされた。その一瞬が遅く感じられた。というのも、一瞬回想してしまったからだ、振り下ろされる篭手刀を、刃を。

「くっ!!」

燕は反射的に飛び出して両腕を、刺す要領で突こうとした。

「ぐっ!あっ!」

セイの腕の方が速かった。肩を思いっきり叩かれ、燕は体制を崩して地面に倒れた。

「おいおい。大げさだぜ。」

セイはつぶやいてしゃがみこんだ。燕は肩を押さえ、自力で立ち上がった。

「ほう。ま、まだやられちゃー面白くないしな。」

笑みを浮かべてセイは言った。

「さぁ、来な!」



―「巣」・イスカの間―

「わかった。では・・・お前はそちらへ。燕とガクの二人をもう片方の場所へ派遣する。」

とイスカが告げる。

「承知。」

リュウは承知した。



―亭―

「なるほど。」

水無月は名無しを連れ庭内を見回っていた。

「腕が立つ者を集めているようだな。血気盛んな者も決して少なくはないが」

「のちほど弥生という山賊の者が兵を増援するそうです。」

名無しが告げる。

「その者も、あの男、文月の知り合いのようです。」

「そうか。」

水無月の足が止まった。

「お、綺麗だね、あんた。」

三人の浪人が前から歩いてきて、声をかけたのだった。

「どうだい、この俺と酒を一緒にさ。」

「そうだ、俺たちに酌をしてくれよ。」

もう一人の男が言った。

「この屋敷の女は忙しいみたいでな。」

もう一人が口ずさむ。

「生憎様。」

水無月はさらっと答えた。

「私の誇りにかけ、貴様らの様な者とは絶対に飲めん。道を開けろ。」

「誇りぃ?」

一人が尋ねる。

水無月は相手の目を見据えて答えた。

「女であれば誰でも良い、女なら酌をしろなどと、貴様らは何様のつもりだ?私を馬鹿にするな。女にも誇りはあるのだぞ。誇りがないのは貴様らの方だ。さぁ退け。」

男達はその目は鋭さが感じ取れた。

「そんなつれないこと言うなよ。」

男の一人が水無月の手を取ろうとした。水無月は鳥肌が立つような表情をして反射的に腕を引き、次の瞬間には男の首元に刀の刃を突きつけていた。

「私に・・・!」

鬼の形相で言う。

「触れるな!誇り無き愚者が!」

「て、てめぇ!」

他の二人が前へと刀を抜こうとしたが否、即名無しにその手を止められた。速かった。すると次第に庭の浪人達が集まり始めた。

「おいおいおい、何の騒ぎだ?」

「何でもない。」

水無月は鋭い目でそう答えると刀をしまった。

「この女、俺たちに向けて刀抜きやがった!」

名無しに止められていた男が一人叫んだ。

「たたんじまえ!」

もう一人が叫ぶ。

「同士の間での喧嘩・争いは御法度、ここは退け!」

名無しが言った。

「そもそもはあんたらが刀抜いたそうじゃないか?」

寄ってきた一人の男が言った。水無月を一瞥すると笑みを浮かべた。

「へ、やっちまおうぜ!」

その声に庭の連中が竹刀や木刀を手に襲い掛かってきた。名無しはまず抑えていた二人をアゴに拳を打ち、喉を突いた。廊下では狭い故、水無月は庭に跳ぶ。すると男達は彼女を包囲した。皆怒りより、楽しそうな笑みを浮かべながら水無月へと距離を縮めてくる。

「さぁ〜て、お仕置きの時間だ。」

一人の声を合図に男達が一斉に襲い掛かった。

「水無月様、只今!」

廊下側の浪人を徒手空拳のみで全滅させた名無しが叫ぶ。

「必要ない。」

水無月は人ごみの中そう答え、刃を一閃した。



しばらくして、全ての男達はその場に倒れこんでいた。誰も死んでない。水無月の居合いは一瞬にして四方から襲い掛かる竹刀や木刀を二つに斬り落とし、鞘に納まることなく二太刀目、三太刀目と止まることも知らず水無月の動きに合わせ一閃される。その太刀は刀を失った男達の裾や着物にかすかにかすり、その迫力に驚いた男達は腰が抜け、いっぺんに将棋倒しとなった。刀を鞘にしまい、竹刀を拾い上げると水無月は居合いの構えで言った。

「さぁ来い。剣でなら相手をしてやる。」

起き上がってきた男達に対し水無月はそれを一閃し、或いは振るい全員を倒したのだった。同じくして名無しも後方から、武器を手にした敵に対し蹴り技と拳のみでなぎ倒していった。

「誇り無き者など、所詮弱者だ。それが何人集まろうと・・・変わらん。」

そう言って振り返るとそこには名無しが立っていた。

「護ってくれたこと、感謝するぞ、名無し。」

水無月は素直に微笑んだ。

「いえ、仕える者として当然の務めを果たしたまでです。」

名無しの返事に水無月は少し怪訝顔した。顔を逸らしふと、気付くといつの間にか開いていた障子の中から一人水色の服装をした男がお茶を手に二人の様子を眺めていた。少し灰色のかかった髪の、物静かで涼しげまたは寂しげな表情の男の手元には布を巻いた槍が置いてあったが・・・男からは戦う気配が全く感じられない。

「あれは・・・卯月雨龍。師走殿に仕える用心棒の者で、病ゆえに部屋からほとんど出ないそうです。」

と名無し。

「水無月詩織・・・」

屋根の上からくの一が一人一部始終を観て悟った。

「先に殺らせないようにしないと・・・。」

「今、屋根にいますのが神無というくの一。元は睦月の亡くなられた知り合い、香月屋に仕えていた者です。」

同じく一部始終を観ていた師走は傍にいた長髪の青年、長月につぶやいた。

「水無月は我々の大きな要となるだろう。」

「血がついております。」

名無しはそう言って手ぬぐいを出し、水無月の頬と腕を拭いた。水無月は鳥肌を立てず、大人しくその身を委ねた。すると辺りの有様に驚く者が通りかかった。金髪の青年だった。

「・・・あれは?」

水無月が問う。

「ヒュー、という名の異人です。鎖国により母国へ帰る船を失った浪人です。」

名無しが答える。

「待て・・・では昨夜の少女は一体・・・」






第四節―――――



―「巣」・道場―



壁に倒れて休んでいる燕とセイがいた。

「セイ・・・」

燕がつぶやいた。目を反対側にそらしながら顔を引くように、躊躇しながら言った。

「私は・・・・・・セイ・・・達のように、強くはなれないのか?圧倒的に、強い者には・・・」

息をつまらせる感じに話している。自分の、悩みを口にするのに躊躇しているのだった・・・。

「経験が違う者には勝てないのか?」

セイはいつもの笑顔で答えた。

「はん、何か聞いてくると思えば。」

鼻で笑ってから真面目に答えた。

「そりゃ、修羅場ばっか駆けてる奴の方が、影に潜んで戦わずして殺す忍よりは強いってこともある。それに中には生まれ持った才能を持った奴だっている。才能ねぇ奴は、残念だが・・・ある奴ほど伸びるこたぁできねぇ。ま、努力はできるがな。」

燕の方に目を向ける。

「俺、いや、俺達はな、生まれたときから戦うために育ってきた。いや・・・」

セイは改める。

「戦えるために。途中から入ったお前らとは練習法も、修羅場も、何より積み重ねが違うんだ。」

セイには燕が一瞬自分の方へ目線を移しそして顔を下げたのが見えた。

「だが・・・」

髪で隠れ、燕の表情はうまく見えない。

「だが勝てないわけじゃあない。」

「どうすれば、いい?」

燕が顔を上げて尋ねた。セイは燕の、普段とは特に変わりはない、がその表情に違和感を感じ取った。そう、表面だけは強がっている、強くなろうとしている、セイはそれが見て取れた。

「燕ちゃんさ、」

セイが向き直って言う。

「本当に・・・強いってのがそんなんだと思ってんの?」



―「巣」・滝―



足を少し引きずりつつも、ユイは滝の正面が見える位置まで来た。そこで、滝に打たれているガクを見つけた。

「あれ?ガクちゃん、こんな所で・・・」

困惑しながら声をかけた。期待していた人物とはかけ離れた者との遭遇、彼女にとってはそんなものだった。

「ユイ!」

ガクの怒った声にユイは驚いた。

「ちゃんづけは・・・止めろ。」

抑えたのだろうか、優しく注意した。 滝からガクは出てきて、体を拭いた。

「ねぇ・・・」

足が痛むため、一旦座り込んでユイは尋ねた。

「その・・・リュウさんは?」

ユイは辺りを見渡し、そしてふと気づいて後ろめたくなった。

「いや、その・・・あのね、」

「リュウ・・・か、」

ガクはため息をついてその場に腰を下ろした。

「さぁな。」

「いや、その・・・リュウさん、よくここにいるから・・・」

ユイが滝を見上げてつぶやいた。

「でもガクちゃんがいるなんて・・・不思議ね。」

笑った。

「何だ・・・と、ユイ、」

ガクがまた怒りを抑えて尋ねた。

「あ!」

ユイは叫んでガクの顔を覗き込んだ。その顔は大きく目を見開いた喜びのような表情だった。目の前に顔を近づけられ、ガクは真っ赤になり身動きできなくなってしまった。だが、よくその目を観てみると・・・ガクは少し胸が痛んだ。ガクは顔をそらした。

「名前で、名前で呼んでくれた!」

顔を引き、ユイは嬉しそうに手を合わせて笑って見せた。

そう、あの目は・・・。ガクは思い切って胸の内を打ち明けてみた。

「なぁ、ユイ。」

向き直ってガクが尋ねた。ユイは首をかしげて見つめた。

「お前は俺のことを・・・いつになったら一人前の男として観てくれるんだ・・・?」

そう、あの目は子が歩けるようになったときに母親が喜ぶような、そんな顔だ。ガクに母親の記憶はないが、それくらいは理解できた。

「えっ?」

ユイはガクの質問に不思議がった。

「お前は俺の頭役だ。だが、俺だっていつまでも子供じゃない・・・」

訴える様な目をしているガクはいたって落ち着いていた。リュウを見つめるユイの目、リュウのことを話すユイの目と、自分を見るユイの目は違う。ガクにとって、それは何よりも苦痛であった。

「変わったんだね、ガクは。」

ユイは顔を低くして言った。

「変わってないどいない。俺は俺であるだけだ。」

ガクは真面目に答えた。

「いや、前までみたいにすぐカッとなったりしないなって・・・成長したなって、でも私は」

自分のこととなると顔が下がってしまう。

「私はなかなか成長しなくて・・・忍なのに、未だに私情を抑えられなくてね、」

ユイは笑ってごまかしながら言った。自嘲癖だ。

「悩みか・・・」

ガクは少し思考し、尋ねた。

「な、お前まさか・・・今の今まで俺が名前で呼んだのを気付かなかったのか・・・?」

「え、あ・・・」

ユイは困惑した顔で遠ざかりながら答えた。

「実は・・・」

はははと引きつった笑いをしてみせるが・・・。

「おい!」

さすがにガクは怒った。

「ははは」

笑って取り繕う。

「色々と、大変だったから、最近・・・。」

「悩みがあるなら、俺も相談に乗ってやる!俺だって、いつまでもお前に面倒を観てもらう様な子供じゃねぇ。」

そして顔を少しそらし頭を掻きながら言う。

「それに・・・しけたお前は・・・好きじゃない。俺が好きなのは、元気な・・・」

ユイの笑い声にガクは拍子抜けし、言い損ねた。

「本当に、私なんかより、成長しちゃったね。」

ユイの表情は困り果てた顔だった。次長気味な顔だった。

「俺は・・・」

ガクは立ち上がって打ち付ける滝からの水しぶきの雨に手を差し出し、その雨を見上げて答えた。

「見つけたからな。俺自信の答えを。」

そしてユイに向き直る。

「お前も、その悩み、答えが見つかれば強くなれるさ。そう、答えを見つければ。」



―追憶―



激しい雨が地面を泥と小さな水路にするほどの夜、古さびた家が並ぶ静かな通り、無人の通り、明かりが薄く灯ったその家の戸を突き破って少年は地面に身を打った。血が目の前で泥と混ざり流されていく。少年は何とか脇腹を押さえ身を起こす。だが立ち上がるほどの力は出ない。既に呼吸がおかしい。

「クッ!・・・」

少年は歯を食いしばる。痛みではない、歯を食いしばって叫んだ。

「クッソォォォォーーー!!!」

食器が割れる音が雨の音と混ざり、少年は沈黙した。頭から血を流し、少年はその場に倒れた。

どれくらいの時が立ったであろうか、少年が気付くと、激しい格闘の音が家から鳴り響き、しばらくして沈黙した。身を起こすとそこには傘をかぶった男がいた。男は番傘を開いて、少年を雨から守っていた。そして家から

「黒い影」

が出てきた。影は、身を雨に委ね、返り血を洗い流す。

「黒い影」

は、少年の父親を殺したことに理解するのにさほど時間はいらなかった。悲しみも、恨みの念も覚えなかった。ただ、少年の心を支配していたのは悔しさだけだった。



第六話 ―続―




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