燕 第七話:迷い








第五節―――――







―田舎・宿―







リュウの情報を元に、例の中国系の浪人を追いに来た。どうやら光邑生町付近で目撃情報があり、かつつい昨日光邑生町を出たとう情報がある。例の光明寺の事件と水無月のこともあって、イスカと百舌との相談により、光明寺とつながりがある徳川家に仕える場所へ向かっていることを推測。ただし目撃情報の場所から推定して考えられる場所は二点。よってリュウ単独、ガクと燕の二人の二組にわかれ追うことになった。



案の定、ガクと燕が今いる二階建ての小さな宿に、その男、如月はいる。清の服に身を纏っているのでわかりやすい。



天井を突き破って燕は男の頭目掛けて忍び刀を逆手に飛び降りた。男はちゃぶ台をひっくり返して間一髪で避ける。だが避けたと同時に蹴りが燕の背に当たる。相当武術に長けた者でなくてはとっさに出せない技だ。燕は気を取り直し、忍び刀を構えなおすや否や、刀を持った右腕と首を掴まれ、壁に突きつけられた。

「ぐっ!」

そして男は手を離すと勢いよく回し蹴りをし、燕は木で出来た壁を破ってその場に倒れた。

「くあっ!」

血を吐いて立ち上がる。が、ふらふらする。前日の戦いから直りきっていない胸に当たってしまった。痛みのあまり片手で胸を抑える。

「ほう、」

如月は余裕の笑みを浮かべ、声を上げた。

「そこか・・・!」

にやりと嫌な笑みを浮かべると突進してくる。忍び刀を突いて払って応戦するが、全て如月にかわされてしまう。持ち前の速さと室内での使用に長けている忍び刀を巧みに活かし、刃を振るう。すると相手、如月は眉を細め、両の腕を使って忍び刀を受け流しはじめた。その流れるような動き、見た事のない腕捌き、そして何故か翻弄されているような感覚。まさに異国の技だった。そして忍び刀が蹴って弾かれるとまた痛む胸に蹴りを入れてきた。

「ぐぅぅう・・・!」

腕で防ぎつつも、後ろへ滑る燕、そこへ如月は奇怪な動きと速さで突進し、腕を伸ばす。燕は紙一重で顔をずらし腕を突き出して受けると同時にその腕を掴み取る。が、如月は円を描く動きでその腕を振り解くと逆に燕の腕を掴み取って捻じ伏せる。

「あっく、(しまっ・・・)」

腕を捻られ無防備な燕に対し、如月はにやりと笑うとその体制のままその足で燕の各部を襲う。両足、両腕、脇腹を蹴られ、終いに顎をもう片方の腕でつかまれて地面に叩きつけられる。切れのある如月の蹴りの威力は強く、装束の一部が破けはれた肌が露出していた。

「うっ・・・クッ!」

悔しかった。だが燕は応戦できなかった。すると不意をつかれ胸を抑えていた片腕をつかまれ、そこへ掌が入る。

「うっ!あっぁぁぁあぁ!!!」

悲鳴を上げて燕の上体が跳ね上がる。そこへ如月は容赦なくさらに足で踏みつける。

「クックック!ハッハッハ!!」

笑い上げながら如月は言った。

「いいですよ。もっとです、もっと!もっともっともっと、そしてもっと叫びなさい。所詮貴方では、いや貴方達日本人に、清の拳法を取得した私に、敵うはずがないんですよ!!!日本とは、武術に関しては歴史が千年も違・・・うっ!!」

快楽の如月の顔が突如変化し、口から血を吐き出した。片手で口を押さえながら如月は不思議そうに言った。

「な、何だと!?一体・・・何が・・・!」

気付くと腹に大きな斬り傷ができていた。致命傷は免れたが、いつの間に斬られていたのか。それに対し怒りを覚えた如月はかかとを高く上げて振り下ろそうとした。



そのときだった。目の前の窓を突き破り、ガクが如月に蹴りを入れた。姿勢が悪く、かわすことができずに如月は大きくふっとんだ。

「大丈夫か!?」

ガクは避けんだ。



痛む胸を押さえ、燕は答えた。

「遅い・・・」

ガクは周辺の見回りに言っていたのだ。先に宿にいたことを知らなかったのだ。

「すまない。だがお前も単独行動は慎めよな。」

そう言ってガクは向き直る。

「てめぇ、ここら一帯の宿の人間も殺したな?」

「フン!だったら何だっていうんですか?」

如月は気に入らないとも呆れたともいう顔をして話す。

「殺す!」

ガクは言い放った。

「最初から殺すつもりだったが、問答無用!てめぇみたいな奴だけは許しておけねぇ。」

「フン!虫けらが、弱者がそろって偉そうな!」

「勘違いするな。」

ガクは急に眉を細め、にらんで言い放った。

「貴様の相手はこの俺だ!」

「こしゃくな!」

如月は前へと飛び出した。ガクも跳びだし、二人の攻防が始まる。

「所詮日本は間違っているのです!日本など所詮小さな島国!何が鎖国です!己が劣っているのがそんなに認めたくないのですか!?」

ガクの攻撃は一度はじかれてから一度も当たっていなかった。清の拳法、それは一度相手の攻撃を受ければ後は目隠ししてでも全て動きが読めるという。

「それは・・・」

ガクは叫んで如月の拳へと飛び込んだ。

「貴様の方だろ!!!」

拳と拳が交差した。だがガクの一撃しか入っていなかった。その重い一撃は如月の顔面の表情から形を豹変させ、吹っ飛ばした。

「なっ、何ですとぉっ!?何が・・・何です・・・!?」

如月は不思議そうに殴られた頬を手で抑えて言った。

「貴様と、俺とは覚悟が違うんだよ・・・」

ガクが答えた。鋭い睨む目で言う。

「弱い野朗ばっか手にかけて、それでてめぇの弱みを隠して勝手に強いって思い込んでる野郎とは・・・うぬぼれて自己満足しているだけの貴様みたいな」

ガクは次の一言を強調して言った。

「本当に弱い野郎とは!」

叫び、ガクは拳を強くかざした。

「覚悟が、度胸が違う!そんでもってそれだけ技も違うんだよっ!!」

如月へと一歩ずつ近づいて言う。

「貴様、空手は学んだだろうな、当然。異国へ武術を習いに行ったんだろうからな。」

困惑する如月は後ずさる。

「だったら、てめぇは武道家失格だ。空手ってもんはな、基本が一番大切なんだよ。」

如月は睨み返し、飛び上がって再度襲い掛かってきた。やはり如月の動きはなれなかったが、ガクはそれでも耐え、受け、そして受けから素早い逆突きを入れ、そこへえんぴ裏拳から勢いある回し蹴りを炸裂させる。そして顔面へと跳び蹴り入れる。

「他人と違うもん持ってるだけで優越感に浸ってんじゃねぇよ、この自己陶酔野郎!」

倒れた如月は起き上がり、懲りずに殴りかかってくる。



ガクも拳で飛び込むが、如月はそれをことごとく避ける。が、避けたところへガクが突進する。

「拳を受けるのを恐れてる貴様より俺は・・・既に強いんだよ!!!」

そう叫んでそのまま如月を戸から外へ押し出し、思いっきり拳で突く。逆さに落下する如月の上にガクは跳び乗り、そして如月の足の裏に彼の足を合わせ、思いっきり体重を乗せて跳んだ。その勢いで如月は凄い速度で逆さに地面へと落下した。運悪く、そこには井戸があり、真ッさかさまに井戸の中へと落ちていった。ドッガシャーン!!と土煙を井戸が噴いて音を出したと同時に、ガクは地面へと着地し、華麗に勝負が決まった。



急いで燕の元へ駆ける。

「大丈夫か!?」

燕は無事呼吸を整えていたが倒れたままだった。急いで台所から冷えた水が入った袋を取り出し、それを持ってくる。そして燕の装束に手をかけたが否や、

「いやぁっ!」

電光石火のごとくの平手がガクを打つ。

「痛っ・・・おい!・・・いや、俺は悪かった。」

ガクは素直に謝った。燕はあきれる顔をして起き上がると、装束の上着を少し脱ぐと鎖帷子の中から粉砕された防具を取り出して見せた。

「何だ、無事か。焦ったぞ。」

そして後ろめいて言う。

「か、勘違いするな!俺は心配だっただけだ・・・別に・・・」

「わかってる・・・。」

燕は答えた。

「先の戦闘からそれくらいはわかる・・・。」

燕は水の入った袋を受け取り、壁にもたれて言う。

「ガクは・・・変わったんだね。」

「別に俺は・・・!」

ガクは叫んだ。

「俺は別に・・・強くなりたかった、それだけだ。」

「強く・・・か、」

燕の脳裏にセイの言葉が蘇る。

「強いって・・・何、なの?」

小さくつぶやく。ガクには燕が何と言ったのかはわからなかった。燕は見ていた。ガクの戦いを。圧倒的に不利そうで、敵わそうで、でも挫ける様子も、少し前までの様に悔しがる様子も見受けられなかった。彼はたしかに変わって見えた。成長したように・・・。二人の、しかも男同士の戦いは女である彼女にとって別次元のものにさえ見えた。

「私は・・・所詮敵わないの・・・?」

「弱気になるんじゃねぇ。」

ガクが燕の独り言に向かって答えた。

「動けるようになったら教えろ。俺は周りを見回っておく。」

そう言ってガクは去っていった。

「朱雀には・・・敵わないの?」





燕 第七話:迷い ―完―












第八話:動揺







―予告―







戦国の亡霊



彼の者の火種は次第に燕達を



大事へと巻き込んでゆく



一同は皆動揺を隠せない中



一番己の動揺を自覚していたのは



彼女に他ならなかった。



「駄目だよ、それじゃ・・・燕、人じゃなくなっちゃうよ!」









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