燕 第八話:動揺
第五節―――――
「はあぁぁぁ!!」
二刀の振り下ろしを受け、リュウは巧みに武器を回して二刀の間から刃を回して斬り上げた。
「ぬぅう!!」
師走は後ろののめりになるがわずかに胸を斬られてしまう。鎖帷子をつけていたのが幸いだった。恐れることはない、師走は右腕の武器を手放し堂々と踏み込んでリュウの胸倉を掴んだ。「捕らえたぞっ!!」
叫んで残った左腕の武器を手に、リュウの腹を連続で突き上げた。師走の面にはリュウの吐血した血が飛びかかりいっそうに紅さを増す。
「終わったか・・・いや、まだか。」
観戦している文月はつぶやいた。それを合図にかリュウの体は宙へ投げられ、師走はとどめの振り下ろしをリュウの後頭部目掛けて振り下ろした。
「(くっ!母上っ!)」
だがその一撃はリュウの頭ではなく、飛んできた鉄扇を受けた。弾かれた鉄扇はリュウの傍の地面に刺さった。「(ユイ!)」
声に出さぬものの、リュウは己の内で思わず叫んだ。腹を押さえつつも見上げると、如何なる速さで接近したのだろうか、師走の背後から突こうとする燕の姿が見えた。疲れた腹には防具をつけていたがあばらにひびが入ったかもしれない。痛みを抑え、精一杯武器を再度回転し斬り上げる。師走を前後から刃が襲った。師走は一旦困惑するものの、間一髪垂直に跳躍して避けて見せた。その跳躍力はその巨体に対して信じがたい。燕の背後を取るように師走は着地し刀を振り下ろすが燕は前転し、リュウに肩を貸して起こす。
「新手か。構わんだろう。小娘、かかってくるがいい。さすればその男には手は出さん。我の言葉、誓おう。正々堂々と、どうだ?」
師走は構えなおした。燕は辺りを見て警戒する。傘の男、文月は動く気配はない。だがその場にいるのにいる気配が全く感じ取れない。相手は只者ではない、それも本当に得体の知れない敵だと燕は警戒した。張り詰めた空気の中、ユイが間に飛び込んだ。
「燕、リュウさんを連れて逃げて!」
地面の鉄扇を拾い上げ、叫ぶ。「私はここで抑える!!」
さすがの燕も動揺してしまった。「大丈夫。私もすぐ後から逃げるから。さっ、早く行って!」
叫ばれ、戸惑う燕はリュウを担いでその場を撤退した。
「文月、追わないのか?」
師走は構えなおすと、一度文月へと顔を向けた。だが文月は去るリュウの方へと向いており、師走に答える意思は見せていない。
「まぁいい。お前はつくづく理解できん男だ。」
師走は言って、ユイへと突撃した。その巨体から想像しえぬ速度にユイはまず驚いた。すぐ気を取り戻し、素早く後ずさって鉄扇で師走の攻撃を後退しながら何度も交える。
「(ダメ・・・冷静に!冷静に!)」
ユイは圧迫感に対し冷や汗と緊迫感を隠せぬ己へと暗示した。だが暗示していた次の瞬間、師走の武器が視界から消え、代わりに強烈な蹴りがユイの軽い体はふっ飛ばした。勢い良く水平に二秒もの間飛ぶと彼女の体は大木へと打ちつけられた。「きゃあっ!」
悲鳴を上げて地面に倒れ込み、痛みを必死に堪えながら顔を上げた。が、ユイは即、頭を下げてさらに姿勢を低くし師走の追撃をかわす。「っ!」
見上げると、ユイがぶつかっていた大木は巨大な穴を開け、今にも倒れそうであった。ユイは腰のもの入れから煙玉を取り出し、地面に投げつけた。たちまちあたりに煙が充満し、それが晴れた頃にはユイの姿はなかった。最も、残された二人は全く慌てる様子も見せること無い。
ユイは路地へ逃げ出し、一旦近くの空き家に身を潜めた。「はぁ・・・ぁ・・・はぁ、」
ユイは壁を背もたれに、胸を抑えて呼吸を整えた。痙攣する指と激しい鼓動は自分がどれくらい動揺していたのを知らしめる。「(でも・・・私は当たり前のことをしただけ・・・)」
ユイは己につぶやいた。
装束を脱いで裏返すと着なおした。帯に隠していた着物の下を取り出し、装束の上から着なおし、一般の服へと変わった。そして今一度通りへ出て顔を隠すようにコウのいる隠れ家へと路を急いだ。ユイは少し進んだ先で角を曲がった。そこで一人の女性とぶつかりそうになってしまった。「あっ、ごめんなさい!」
とっさに謝って前に進もうとしたとき、ユイの脳裏に回想がよぎった。そう、同じようなことが前にもあった。それくらいあってもおかしくないかもしれないが、何かが前と全く一緒だ。「はっ!」
気付いてユイは顔を上げて目の前の女性を確認した。同じだった。香月屋を殺しに行ったときと、入り口ですれ違った女性。だが遅かった。目の前の女性は勢いよく小太刀を抜いて斬りかかっていた。反応が遅れ、ユイは両の横腹を勢いよく斬られた。「くっ、う・・・!」
「やっと会えたわね・・・!」
神無は笑みを浮かべ、襲い掛かった。
「(女相手一人なら・・・!)」
ユイは着物の裾を脱ぎ捨て、鉄扇を両手に構えた。装束の上が裏返しのことを除けばいつもと変わりはない格好だ。
「遅い!!」
神無は叫んで斬りかかった。
「大丈夫か!?」
コウは担ぎ込まれたリュウの姿を見て叫んだ。「そこへ横になれ、燕、手を貸せ!」
「まだ!」
燕は叫んだ。自分が動じているのに気付き、燕は顔をそらして落ち着いて告げた。「ユイが・・・ユイがまだ!」
燕の、その心の内は、らしからぬことに大きく動揺していた。
燕 第八話:動揺
―完―
第九話:想い
彼女は全てを覚悟した
痛みも死も恐れまいと
屈辱も哀れさも耐え受けられると
だがそんな覚悟は容易に崩される
それは所詮彼女の弱さに過ぎないのだから
心残りがあるのだから
「忍も・・・恋はするのか?」