燕 第九話:想い
第五節―――――
「ユイ!・・・」
燕は不安の胸に、恐怖を胸に、ひたすら駆けた。が、歩を止めた。目の前に見覚えある男が立っていたのだ。肌が白く薄汚れたぼろぼろの胴衣を着た男、彼は燕とガクを確認すると真っ白な目を大きく開いて眉を動かし、快楽の表情で二刀を構えた。「斬・・・!こんな所に・・・!」
燕は忍び刀を抜いて構えた。が、ガクが前に出て制した。
「先に行け。・・・奥から声や足音が聞こえる。近いぞ!」
ガクはそう言って忍び刀を抜き構える。燕は心配そうな顔つきのまま、ガクを見て、そして斬の横を回るように去った。斬はそれに反応し、軽く前へと跳んで燕に斬りかかった。それをガクは受け止め言った。「勘違いするな!貴様の相手はこの俺だ!!」
斬はそれはそれで面白い、といわんばかりの表情でガクの刃を弾くと、猛攻を開始した。弾かれたガクに対し斬の二刀の刃が交差してはさみのように襲い掛かる。「ぐっ!」
ガクはしゃがんで避けて、同時に足払いをかけると斬は飛び上がり、真上から交差した刃を突き刺してきた。ガクの両肩にそれらは刺さった。「ぐぁ・・・!!」
斬がもう一度振り上げたその隙に起き上がり、忍び刀を突く。斬はさっとかわすが刃は横腹に突き刺さる。
「ハッハッハッハハハ・・・ハ・・・ハッハ!!」
斬は喜んでいた。斬は勢いよくガクの忍び刀を蹴り上げ、それは宙を舞う。ガクは後方へと跳んで距離を取ろうとした。ガクの刀が宙を舞う中、斬は片手の刀を勢いよくガクへと投げつけてきた。ガクは丁度跳んだ勢いを利用し、木を蹴って舞う様に宙を跳び、斬の刀をほぼ平行に間一髪で避けた。着地すると、斬は舞っていたガクの忍び刀を空いた手の方に納め、跳躍して斬りかかってきた。
燕は駆けた。必死に、必死に。目が潤んでいた。「(ガク・・・無事でいて!」
」燕は心の中でそうつぶやき、駆けた。「(お願い・・・!間に合って・・・・・・!)」
「くっ!はあぁぁ!!」
ユイは見張りから奪った短刀を使い、追っ手の攻撃を弾き、刺した。返り血が激しく辺りを赤く染めた。無論ユイ自身も。既に追っ手を三人殺し、たった今四人目のはらわたを裂いたところだった。「はぁ・・・はぁ・・・まだ、」
ユイは体勢を崩しながらも何とか起き上がり、前へと歩を進めた。「諦めない!」
その目はたしかに、強い目をしていた。
「参る!!!はああぁぁあっ!!」
勢い良くリュウへと斬りかかったのは長月だった。反射良くリュウは跳んで避けた。やはり燕やガクとは違う跳躍力だった。一気に離れている。それまでリュウがいた位置の木々は三本同時に音をたてて倒れた。長月の手には巨大な、彼の身長と同じ程の長さの長剣、大剣と呼ぶべきだろうか、が握られていた。「先日の賊だな!貴様らに・・・あの御方の妨げはさせぬ!」
ユイは足が寒さで腫れ、戦闘の疲れからほぼ這う形で前へと進んでいた。かろうじで身体が動くものの、全身痙攣して震え視界も揺れ始めていた。もはや限界とも言えるはずの状態だった。「まだ・・・!まだ!」
立ち上がろうと顔を上げ、手を伸ばしたそのときだった。手の先に・・・。ユイの目は潤み、心に希望が差し込み、顔が安堵の表情となった。「え・・・燕!」
先回りしていたらしい追っ手を相手に燕は戦っていた。ユイは口をつむんで膝を立てて、起き上がった。「燕!」
前へと、燕へと一歩進みだしたその時だった。ユイの足に激痛が走った。「きゃああ!!」
その悲鳴は、見える位置で戦いに丁度勝利していた燕の耳に入った。
「ユイ!!」
ユイの足に無残にもクナイが突き刺さっている。ひざまずくユイ。どこからもなく神無が降ってくる。
「アンタ、良くやるね。大したもんだよ。」
そう言ってユイの髪を引き、小太刀を抜いてユイの首へと振り下ろした。
「待て!」
後ろから降りかかった威勢ある声に神無の小太刀は止まった。丁度刃が肌に刺さったか刺さってないかのきわどい位置。力加減を間違えば皮から血が流れるほどだ。神無は小太刀をユイの首から遠ざけると髪を掴んだまま声の主、水無月へと向き直った。水無月はユイの傍まで来ると声を掛けた。「この足ではもう・・・。」
同情するような、残念そうな、そんな表情で水無月はユイの正面に立ち、言い掛けた。「お主、よくがんばったな・・・」
「燕・・・!」
ユイの求めるその声に反応し、神無はユイの目先を見た。燕が駆けてきていた。
「・・・」
神無はユイに出くわした時にも見せた、待ち焦がれた様な表情をし、小太刀を両手で抜いて前へと飛び出した。「やっと会えた・・・お前だ・・・!殺す!」
一気に表情が鬼の形相となり、その殺意に圧倒された燕に小太刀が襲い掛かる。燕は間一髪でそれらを受け止めた。鍔迫り合いになる。「殺す・・・!殺す!お前だけは・・・私がっ!!」
神無は繰り返しつぶやきながら燕を睨んだ。
「まだ諦めていないようだな」
ユイの表情にはまだ悔しさや残念、後悔という念が全く見当たらない。その寒さに冷え切った顔は、ただ懸命に何かを求めているようだった。水無月はユイの背後に回り込むと腰を低くして白鞘に手を、構えた。「お主のその誇り、他の誰にも汚させん・・・」
水無月はそう言って悔しがるように、惜しむように歯を食い縛った、そして
・・・・・・・・・一閃した。
燕は一瞬神無のその顔に目を囚われたが、気を取り戻してその肩越しにユイを見た。水無月の刃が大きく宙を裂き、次の瞬間、血が大きくユイの背から、真上へと噴出した・・・。その本の一瞬の出来事は・・・もの凄く、もの凄く、遅く、そして静かに燕の脳裏へと焼きついた。同時にゆっくりと、燕の表情と、燕の内の何かが静かに崩れ落ち始めたのだった・・・。
―「巣」―
雪が降る中、傘をかぶった百舌は空を見上げつぶやいた。「初雪・・・。一つの季節に終りが訪れ、新しい季節へと移り変わる知らせか・・・。」
燕 第九話
―完―
第十話:哀愁
―予告―
その紅い鮮血は彼女をまた哀しみの淵へと追いやった
それはまた燕を変えてゆく
きっかけとなっていく
「嫌・・・ユイ・・・ねぇ、答えてよ・・・」