燕 第十話:復讐
第三節―――――
「!!」
セイが叫ぶ方向にいた名無しと水無月は慌てて振り返った。「!?」
「なっ?」
水無月と名無しは辺りを慌てて見渡した。誰もいないのだ。「まさか!?」
「小賢しい真似を!」
二人が振り向くと、叫ぶ神無とそちらへ駆けるセイの姿があった。「だが無駄だ!」
「オラァアアーー!!」
斬と神無は同時にセイへと斬りかかった。その時だった、斬の真後ろからリュウが姿を現し、その背に斬りつけた。斬は驚き、苛ついた表情で振り返る。背中に綺麗に斬りつけられながらも、斬は平気でいた。
一方神無に対しセイは同じく小太刀を両手に握ると、三秒のうちに互いの刃を七回交差させた。そして八回目に交差した際にセイは上へと神無の刃を弾き、体勢を崩させ、そのまま回転して彼女の胴へと薙ぎ払った。神無は体勢が崩れたまま腰を引っ込める様に身を捻らせた。鍛錬を積んだ忍としての身体能力が可能とする動きだ。だがセイの一振りは彼女の腹へと浅い切り傷をつけた。立て続けに左腕を斬られ、横を通り抜けられた。
「ぐっ!・・・クソ!」
神無は振り返るが、次の瞬間、彼女の装束を止めていた帯状の物が地面に落ちた。「なっ・・・!」
神無は跪くと、装束と腹の傷を抑えた。
「見られたくなきゃ〜大人しくしてな!」
言っていることとは裏腹に、セイの声にはふざけている雰囲気の欠片もなかった。生死問わず如何に相手を戦闘不能にするか、それが忍としてのセイの戦い方だ。「行くぜ、リュウ!」
そう叫ぶと、斬を避ける形でセイとリュウは森の外へと向かって駆け出した。
―その晩―
時間差で三方から飛んでくる鎖鎌を一つ一つ身を捻って避ける朱雀だった。辺りは暗く、敵も朱雀も黒装束で闇に紛れた、まさに闇の戦いであった。先に飛んできた三つの鎖鎌がまるで朱雀を誘導していたかの様に、四番目の鎖鎌が朱雀の腕に絡んだ。まるでそれを予期していたのか、ただそれだけ動じない心を持ち合わせているのか、それともあえて絡めたのか、朱雀は全く動じていなかった。
朱雀は腕に絡まったその鎖鎌の鎖を間髪要れず斬り落とすと、手に絡まった鎖鎌を取り、身を捻って飛んでくる鎖鎌を避けながら勢いよく投げた。回避の動きから急に飛んできた、闇に紛れし黒い鎌は闇に紛れる者の胸に刺さり、断末魔上げることなくその者を殺めた。他の者がそれに動じた一瞬の隙の間に朱雀は移動し、彼等の視界から逃れ闇へと同化した。
しばらくしない間にまた一人が倒れた音がした。断末魔が聞こえぬのは首に大きな穴が開けられてしまったからだ。それに動じて振り向いたもう一人が間髪要れずに首を刎ねられる。そして残る一人が素早く反応して跳び、鎖鎌を身の回りに張り巡らすと逆にその鎌を掴まれ、その鎖で体を縛られてしまう。その男が地面に倒れ顔を上げると、朱雀の虚ろでかつ大きく見開かれた、殺意の目と共に振り下ろされる刃が最後に映し出された。
「ヒュゥー・・・フー、ヒュゥー・・・、」
朱雀は静かに呼吸を整えていた。
「よぉ、人殺し。」
朱雀の背中から重い言葉が圧し掛かった。どこか、動じた素振りで朱雀はゆっくりと向き直った。そこに一人、刀を肩に置いた黒い服の男が立っていた。その瞬間、朱雀の目が大きく見開かれた。まるで目の前の相手を疑うように、または恐れていたように。「覚えていてくれたかよ?まさか忘れたなんて言わせねぇからな、この傷を!!」
男が皮肉の笑みを浮かべ高ぶった声で言った。その男の顔の左側には左目を潰し、額まで達していた斬り傷があった。そう、少々老けあまりにもその怒りと執念の形相が以前の優しいものと異なるものの、そこ立っているのはたしかに、東堂だった。そう、以前藍鳥家に仕えていた者である。「ちっ、やっぱテメェはこの程度じゃ仕留められないみたいだな。」
そう言って東堂は顔に笑みを浮かべると足を思いっきり蹴り上げた。その足先には縄があった。次の瞬間、大きな爆音と共に朱雀のいた地帯が煙と炎に包まれた。「クックック・・・」
炎の光で東堂の傷が光って見える。しばらくすると炎の中から一人の影が飛び出して転がった。朱雀だ。炎を転がって消した朱雀はボロボロの装束姿だった。「ハァ―――!!」
東堂は起き上がった朱雀に一気に突進して行った。朱雀は意表を突かれたのか、遅れながらも東堂の太刀を両手の刃で受け止める。だが東堂は小さな跳躍で勢い良く前進する形で素早い突進による連続斬りを打ち込んでくる。四発目に朱雀が押され気味なところへ間を入れず東堂の強烈な後ろ回し蹴りが入る。
「くぅあ・・・!」
転がるようにして受身を取った朱雀は口から勢い良く吐血した。そこへすかさず東堂が駆けつけ突進から刀で薙ぎ払い、朱雀がそれをしゃがんで避けると半身を翻して、刃を勢い良く返しつつ前へ突進し、朱雀を押した。そのまましばらく二人は鍔迫り合いになる。「ぐうぅぅ・・・・!!!」
「ああ、今まで探したぜ・・・」
東堂は首を捻って言った。「あ〜あ〜あ〜、テメェはよ、時雨さんも殺っちまったみたいだね〜。」
「・・・!!」
「それに・・・つばめの嬢ちゃんも殺っちまったのかい?」
「!!!」
朱雀の表情こそ変わらなかったものの、その目からその動揺は覗うことができた。「違・・・!俺は・・・!!」
「死体がなかったから、もしかしたら勘違いかもな。調べてみりゃよぉ〜、あの晩、テメェが、俺の、この傷を、作ったあの晩、」
傷に関して強調する口調で東堂は続けた。「屋敷に訪れてた客は、どうやら幕府に対する豊田軍残党の反乱軍だったらしいな。だから、反幕の連中を利用すればテメェと会えるかと思ったら・・・大当たりだ!」
そこで刀に力を入れ押し始める東堂に対し、朱雀はそれを弾いて後方へ跳んだ。「逃がすかよ!!」
そう叫んで東堂は腰の下げ袋から爆弾を取り出しその引き金となる縄を噛んで取ると朱雀へと投げつけた。再度爆音が辺りに響く。そして遅れて海面に何かが落ちた音が聞こえる。「ちっ、逃げられたかよ。」
東堂は朱雀がそれまで立っていた、それも暗くて今まで崖だと気付かなかった足場から下の海面を見下ろして言った。つばを吐くと東堂は不敵な笑みを浮かべ、つぶやいた。「ま、この程度で死ぬ奴じゃねぇ。必ずこの俺が殺してやる!」
第四節―――――
―三日後・光邑生町・コウの隠れ家―
「担ぎ込まれた時には既に体内の血が少なかった上、体温をほとんど失っていた。気を失っていたのも加え、あの傷は相当の手馴れのみが成せる技。本来なら即死間違いない。彼女の場合即死に至らないにせよかなりの致命傷であることには変わりがない。実際彼女は今、脈はあるが鼓動がない。」
「つまりは、どーなんだよ」
セイは真剣な、真顔で尋ねた。
「仮死状態だ。」
コウが目を細めて答えた。「息を吹き返すかは、保証がない。後は彼女の強さ次第だ。」
「そうか・・・。」
「身体の状態は話した通りだ、何も期待できない。捕虜となった後、彼女の精神面がどこまで持つか。全ては彼女の精神力、強さ次第だ。」
セイは頭を掻きむしるとコウに向き直って言った。「こんなことになるとはな。」
「リュウの話では文月がいたそうだな・・・。」
「ああ。」
セイは目を細めて答えた。「奴の策略らしい。畜生、」
悪態をついて非常に悔しそうな表情でセイは足踏みをした。「何で・・・何でアイツが今更!」
「黒薙屋は解散したが・・・あの御方は今でも用心棒の様な立場で動いているのだろう。今回我々とめぐり合わせたのは偶然だろうが。」
コウは話題を変え、続けた。「ガクの腕も傷が深い。あれではこれ以上戦闘に出すわけにはいかんな。戦力不足だ。」
「ああ、俺達は下手に動けない。残る戦力はリュウに昨晩戻った朱雀、そして」
セイはコウと目を合わせてうなずくように言った。「燕ちゃんだ。」
「まさか、」
コウがため息をついて言った。「きっかけがこんな形で訪れるとわな。」
―「巣」―
薄暗い静かな部屋の中、燕は静かにうつむいて正座していた。燕の目の前では白い袴一枚のユイが目をつぶったまま布団をかぶせられ寝ていた。寝ていたといっても、寝息が聞こえるわけではない。全く持って、静かだった。燕の膝の上に置いた手は強く握り締められていた。その場の光景は燕の脳裏にいつも避けてきた、拒絶していた過去を思い出させた。
昔、母親が病死したときだった。燕は今の様によく、布団をかぶせられ寝込んだまま二度と目を覚まさない母親の目の前で正座してうつむいていた。悲しくて、悲しくて、どうしようもなかった日々。そんな自分を気遣い、父が頭に手を置いたのを思い出していた、そのとき燕の頭に手が乗せられた。燕が気を取り戻し、振り返るとそこにはリュウがいた。
「体に毒だ。」
リュウは相変わらず無表情な顔をしていた。「少しは休め。」
燕はうつむくと、ユイを一瞥し、ゆっくりと立ち上がって障子を開いて外へ出た。外は曇っており雪が静かに降り注いでいる。まるで、ユイが斬られたあの日の様に。燕はそんな空を見上げながら悲しい顔をしていた。いつもの、無表情のような顔だが、そこには明らかな悲しさがあった。
しばらくして、ユイの向かい側の壁に背をかけ腕を組んでいるリュウの下へ障子を開け、アンが顔を出した。「どうした?」
リュウは相変わらずの無表情かつ無感情な声で、彼のことを眺めながら硬い表情を見せるアンに尋ねた。
「別に、久しくアンタがそんな顔見せてるから気になったのよ。」
アンは髪を掻き揚げ応じた。
「・・・何のことだ?」
リュウは表情一つ変えずに尋ねた。
「それはこっちの台詞さ!」
アンは腹立った声で言った。「私を誤魔化そうなんて、まだ十年早いよ。誰の乳飲んで育ったんだい、リュウ!?」
「・・・。」
リュウは目をアンの方へと移した。
「はぁー、」
アンはため息をつくとユイの傍で腰を下ろした。ユイのことを心配そうに眺めてからリュウへと向き直る。「ま、貴方らしいわ。でも、ユイのことじゃないんじゃない?忍なら、これくらい起きてもおかしくない。いくらこの子を連れてきたのが貴方で、この子が貴方の責任でも、貴方なら・・・別にありのまま忍として、ありのままのことを受け入れることができる。」
アンはいつもとは調子の違った、優しい、むしろ子を心配する母親の様な顔で。「そんな貴方を、悩ませているのは何?」
―3日前・冬月亭―
「ぐっ!!」
長月の刃はたしかにリュウを仕留めるところだった。次の瞬間、重たい鉄と鉄のぶつかる音が鳴り響いた。リュウは刃が近づいているものの、その目を閉じることはなかった。そして見た、目の前でゆれている金髪を。
「なっ!!?」
長月はその異形な槍に見覚えがあった。
「!?」
横でしっかりとその様子を覗っていた文月もこの度はめずらしく傘をくいっと手で上げて見た。長月の刀を受けている異形な槍、それが纏っていた白い布が目の前でふわっと飛んでゆく。その先には収まりつつある緊張感の中、凛とした金髪が揺れている。
リュウと、長月に挟まれ、刀を異形な槍で受け止めていたのはあの金髪の美少女だった。少女は長月の刀を受けた勢いでリュウ体へともたれるようにして、刀とリュウとの間に密着するように挟まれていた。勢いの風が止むと、勢いでそれまで目をつぶっていた少女はその大きな凛々しい目を見開いて口を半開きのまま辺りをゆっくりと見渡した。長月を見て、くるっと大木から顔を覗かして後方の文月を見て、そしてリュウの方へと顔を見上げた。外見、その行動だけでも謎である、不思議な雰囲気を放つ少女に見つめられリュウは息を呑んだ。だがその時気付いた。少女のその瞳の色、その尖った髪は自分と同じものであるということに。
「ヌンぺ・・・」
少女は何かを言おうとした。
「貴様・・・皐月!!」
長月に怒鳴られ、少女ははっと声を出して長月へと振り向いた。「何のつもりだ・・・?」
すると皐月と呼ばれたその少女は口を閉じ、顔色一つ変えずに長月の刀を押し返した。押された長月からはリュウではなく、皐月に対する強い警戒心が感じられる。
「お前は・・・・・・一体」
リュウが不思議がり尋ねる。が、その時、皐月は急におろおろし始めると、マントの後ろについていたフードが取れているのに気付き、一人静かに慌てふためくとそれで顔を隠して一同から顔を避けた。
「何なのだ、一体。」
文月はあきれた声を出した。だがその一瞬の隙を突いてリュウは飛び出した。「ちっ!」
文月は白鞘を構えるが、既に遅く、リュウの姿はなかった。
―「巣」―
「貴方と同じ、」
アンが真剣に、考え込む表情でつぶやいた。「金髪の少女・・・」
アンは儚い瞳をし、顔をリュウから逸らした「気にしていたのね・・・やっぱり・・・。」
「・・・」
アンは明らかに気に病んでいる。これ程苦しそうな彼女の表情を、リュウはあまり見たことがない。そう、時折、彼女は見せる、今のような儚い表情を。
彼女はリュウに話せずにいることがある、リュウはそう感じつつもそれを尋ねるわけにはいかなかった。尋ねられなかった。親子として。
第十話 ―続―