燕 第十話:復讐


第五節―――――
燕は困惑していた。どうしても三日前の惨事が引っ掛かる。燕は人目を避けたかったのか、人目につかない建物の裏を歩いた。相当身体に負担があるらしい。燕は壁に手をかけ、ふらふらしながら前へと進んでいた。とにかく、今燕の頭の中は色々とあり過ぎて何をすればいいか、何で頭が一杯なのか、それすらまともに整理することができずにいた。
丁度角を曲がった時だった。燕はついに倒れこんでしまった。だが倒れる体を誰かが受け止めた。燕は気を取り戻し、見上げる。燕は目を大きく見開いて相手を凝視した。目の前にいたのは朱雀だった。驚いたのは朱雀も同じ。
二人の間に気まずい沈黙が走った。先に動いたのは朱雀で、彼は暗い顔をして頭を低く下げた。その時燕には一瞬頭巾の中の朱雀の顔を覗うことができた。燕にはそれがとても悲しい顔として感じ取れた。朱雀は両手で丁寧に燕の身体を起こした。だが、燕はとたんに朱雀を拒絶するように思いっきりその手を振り払った。

「!!」

朱雀は驚いた、表情だった。

「はぁ・・・はぁ、」

燕は息を整えながら頭の中を整理しようとしていた。その表情は苦悩を語っていた。

「朱雀は・・・」

そのときその言葉のことを、燕自身はどう感じ取っていただろうか。

「人なんかじゃない・・・!」

燕の脳裏に自分が叫んだ言葉が蘇る。だがどうだろう、目の前の男は自分に手を貸してくれた。悲しい顔をしていた。それは自分でも良くわかっている表情だった。それに今、自分を見ているその目、知っている目だ。だが思い出せない、誰の目だ、誰の顔だ・・・そんな燕の脳裏へ畳み掛けるように言葉が蘇る。

「駄目だよ、」

ユイは振り返って去る燕の背に投げかけるように叫んでいた。

「それじゃ・・・燕、人じゃなくなっちゃうよ!」

「朱雀は・・・・・・・・・・・・・人なんかじゃない・・・!」

燕は理解した気がした。自分が何に困惑していたのか。

「朱雀は・・・・・・・・・・・・人なんかじゃない・・・!」

「(あの時私は・・・!」

燕は思いだした、あの時何を決意したのか、あの言葉にどんな意味を込めていたのか。忍ならば、『強く』なるためには、動じてはならない、感情に左右されてはならない。人を殺すことも、幼い少女を殺めることも、かつての仲間を斬ることも、仲間の死にすらも・・・。

「(なのに・・・なのに、私は・・・)」

燕の表情は困惑、苦悩から悲しみにへと代わっていた。
燕の脳裏にユイが斬られた瞬間が、目の前に血と雪の上にユイが横たわっていた光景が、泣いていた自分の光景が蘇る。燕は歯を食いしばりながら顔をしかめて頭を振った。嫌だ、本当はもう振り返りたくない。耐えられない。心が押し潰されそうで必死だった。

「(私は・・・強ければ)」

とその時、脳裏に蘇った、別の言葉が。

「朱雀は・・・!朱雀は・・・私から奪った!私から・・・唯一のものを」

脳裏にユイが斬られた瞬間が、一つの絵として浮かび上がる。脳裏に、斬った者の姿が、顔が浮かび上がる。

「残されたのは・・・奴への復讐だけ・・・それだけ・・・」


次の瞬間、燕の目が変わった。朱雀はその目に差し出しかけていた手を引き、諦めの、とても、とても悲しい顔をした。だがそれは燕の目にはもう映らない。否、燕は朱雀を見ようとしない。
朱雀が燕の瞳に見たものは、逃避だった。そう、それは文字通り『虚』しい、復讐の目だった。

燕 第十話
―完−




燕 第十一話:忍

―予告―

想う人がいる、護りたい人がいる
だが自分は応えるわけにはいかない
応えるべきは己の技と忠誠で
それは忍としての当然の勤め

だが忍は飽くまで・・・。

「忍だから・・・だから私は、あの方を避けてきたのだろうか・・・?」


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