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燕 第十二話:詩織


第一節―――――

―追憶―
 それはいつのことであっただろうか。気がつくと村は廃墟と化し、死臭が辺りにたちこめ、炎は燃え尽き、黒煙の霧が去っていた。辺りに残されているのは少年、ただ一人。だがその少年には事態が飲み込めていなかった。自分は気絶していたのか、それとも否か。ただ意識がはっきりとした時、全ては終わった後だった。
何が起こったかわからない。だが少年はそんなことにはさほど気がかりではなかった。それ以前に、もっと根本的なことをを思い出せないでいたからだった。

「私は一体・・・」

つぶやく少年の背後に馬が何頭か駆けてくる音が聞こえてくる。

「誰かおらぬかーー!」

中年の男性の声だ。声の響きからして武士、それも剣の腕に自身と誇りのある者の声だ。何故か少年にはそれがわかった。そしてそれは当たっていたらしく、振り返ってみると唸りを上げて足を止めている馬に乗った、中年の侍の姿があった。

「おお、生き残りか・・・。」

男は安堵の声を漏らす。

「可哀想に・・・おそらく野武士か何かの仕業だろう。」

「旦那様・・・」

男の隣で馬に乗っている老人は答えた。

「かしこまりました・・・。」


―冬月亭―
 水無月がユイを斬った、まだ二日後のことだった。前日までの曇りと雪に対し、その日の朝は晴天だった。かすかなに雲が立ち込めてはいるものの、それほど気にならない。むしろ雲のない空よりは見栄えが良い気がする。そんな空を屋根の上で少女は見上げていた。誰も辺りにいないのでフードを取り、その金髪を風になびかせている。その珍しい青い瞳は何か一点を見つめているように瞬きすらしない。むしろ、ぼーっとしているように見える。が、ふとざわめきを耳にし、皐月はフードを被りなおして屋根の上から頭を逆さに出して廊下を覗いた。なにやら騒がしい。おまけに人が何やら列を成している。しかもいつもは荒れた浪人達も何か雰囲気が違う。皐月は好奇心旺盛な目を輝かせ、その光景を見渡していた。

茶の間で青髪の美しい女性とその忍に面し鬼の面をかぶった男がお茶を啜り、小姓の青年がその隣に座っている。偶然だろうか、その場でお茶を啜っていたのが師走だけで、他は黙々と座っていたためとても風変わりな一面に見えた。お茶を啜り終わると、師走は口を開いた。  

「というわけだ。睦月はこの場にいて落ち着かないらしい、故に移動を望んでいる。しかし、この屋敷の責任者として奴には念のためこの屋敷いてもらわねばならない。」

 

「そこで我々が少し早いが、次の拠点へと移るのだな。」

水無月がつぶやいた。その隣では名無しは沈黙して座っている。  

「今晩から班に分け、一夜ずつ各班に移動してもらう。護衛には文月とその仲間が同行する故心配は無用。」

面から除く師走の唯一の顔の一部である口は自信満々の笑みを浮かべている。

「日は近いぞ、水無月。」

「ああ、師走殿。ここまでの手引きといいこの機会を与えてくれたといい、お主には色々と感謝せねばな。」

水無月は真剣な顔つきで答えた。

「フッ、礼は無用だ。どの道、お前無しでは徳川の盛者必衰は成り立たない。」

「・・・ああ。」

水無月はその言葉の意味するところ、その重さを受け入れるように頷いた。名無しもその横で、静かにうつむくのであった。ただ、水無月のことを案じてか、視線はかすかに彼女へと向けられていた。

「それより、」

師走は笑うのを止めて普段の、温和な雰囲気へと戻った。

「奴を討ち取った後は後で忙しくなるな〜、なぁ長月。」

「はい、師走様。」

それまで黙っていた白髪の青年は口を開いた。

「というわけだ、水無月。」

「?」

名前を呼んだことが不自然に思え、水無月は疑問の表情をした。

「お前自身の身もやはり大変になるだろう。やることがあるのなら今のうちにやっておくべきだ。」

「気遣いは感謝しておこう。師走殿が心配なさる必要はない。それより、何故今日は皆、慌しいのだ?」

水無月はそう言って温かいお茶の入ったお椀を丁寧に口元へと持ち上げた。まるで茶道でも習っているようなその一連の動作は可憐で美しかった。名無しは傍でその姿を黙って横目で見届けていた。

「ふむ。そのことなんだが」

師走はためらいもなく答えた。

「本日お前の見合いをするよう皆の衆に集まってもらった。」

清楚な様子でお茶を飲んでいた水無月が次の瞬間、お茶をお椀の中へと勢い良く吹き返した。

「ごほっ・・・ごほっ・・・!」

あまりもの唐突な返事に喉をつっかえたらしい。苦しそうに水無月は咳き込んだ。

「み、水無月様・・・!」

名無しが膝を立て、水無月の身体を気遣う。

「し、師走殿!!な、何故・・・このようなご冗談を!」

名無しは師走へと振り返り尋ねた。珍しく、名無しが慌てていた。

「冗談ではないさ、名無し殿。」

師走は答えた。なにやら愉快そうな表情をしていたのは気のせいだろうか。

「人生五十年。何事も経験が大事なのだよ。」

「し・・・師走殿・・・!」

水無月もあたふたした様子で尋ねた。

「急に何を言い出す・・・!?」

「先ほど申した通り、後になると何かと不便だと思ってな、皆が移る前にこの場で一旦良いと思ったのだ。なぁ〜に、心配はいらん。隣の部屋にこの屋敷の者が見合いに必要な品を揃えてくれた。お主の準備が出来次第、皆を一人ずつ呼ぼう。」

「そんな物で、私は自分を飾る気はない!一体なんのつもりだ、師走殿?」

水無月は少し怒った表情で尋ねた。

「なぁ〜に、皆と話をする良き機会だ。」

師走はまたあの笑みを浮かべていた。

「損はない。必ず進展はあるだろう。」

その笑みを見てだろうか、水無月も名無しもそれ以上質問する気にはなれなかった。

「では、また話そう。」

「師走様、どうぞ。」

それまで黙っていた長月は障子を開け、師走を招いた。

「それと、」

師走はふと部屋から一歩出てから振り返った。

「お前達はしばらくこの屋敷に残れ。」

「何?」

「卯月と神無と斬、最小限残して我々は先に発つ。」

「何故だ?用件を教え・・・」

「二人で、」

水無月が言い掛けると師走は一言答えた。

「二人でゆっくりするんだな。」

そう言って師走は去っていった。長月が後に続き、障子を閉めていく。

―追憶―

「お主の村については残念なことだった。」

例の男は少年と向かい合って正座し、言った。二人はどこかの屋敷の部屋にいる。少年の前には白い煙が温かみを出しているごはんと味噌汁、おかずが台の上に乗せられている。

「さぞ辛い事だっただろう。しばらくの間、ゆっくりするがよい。そしてお主がよければ、ここに留まってもらってもかまわん。我らは、お主を歓迎するぞ。まぁ、その飯を食べ終えたら好きに屋敷を見回るがよい。」

男はそう言って立ち上がると、ふと思い出し座りなおした。

「そういえば自己紹介がまだだったな。」

男は咳払いすると名乗った。

「私の名は水無月蓁【しげる】だ。水無月でも、蓁でも、好きな方で呼んでくれてかまわん。そうかしこまる必要はないぞ。ただし、」

蓁は穏やかな声で告げた。

「ここ水無月家は代々古武術を資格ある者にのみ伝授する、武と義の道場。最低限の礼儀はつつしんでもらう。最も、お主なら問題ないだろう。」

少年は顔を下げたまま、先程からずっと正座している。

「少年、お主・・・名は何と言う?」

「・・・ないのです。」

少年は低い声でつぶやいた。

「わかりません・・・。」


食後、少年は一人屋敷の渡り廊下を渡った。一回り屋敷内を静かに見渡すと、少年は広い庭で一人佇んでいた。 記憶がない・・・。少年は一切何も覚えておらず、どうしたものか、全く事態が飲み込めずにいた。そこへ声がかかった。

「お主、」

少年が振り返るとそこには同じ背丈ほどの少女が首を傾げて立っていた。変わった形状の着物を着ており、青い長髪が象徴的な彼女はどこか神秘的で、別の世界に生きる少女、そう髣髴とさせる不思議な美しさを持っていた。

「もしかすると・・・、父上殿がおっしゃっていた少年か?」

そう尋ねると少女は微笑んで少年へと一歩、二歩と歩み寄った。

「・・・・・・」

少年は無言のまま、ただその不思議な少女をただ見つめているだけだった。少女は無言の返事に納得したのか、にこりと笑うと尋ねた。

「お主、名は何と言うのだ?」

すると少年は顔を逸らした。

「・・・・・・」

少年は無言のままだった。むしろ、返事に詰まっている、少女にはそう見て取れた。

「どうか、したのか?」

少女は少し困ったような、心配そうな表情をして、恐縮そうに尋ねる。

「ない・・・」

少年はつぶやいた。

「わからない・・・。名前が・・・無いんだ。」

「なっ、そんな・・・何かわからないのか?」

「私は、自分が誰なのか、何者なのか・・・何一つ、わからない。」

少年の声は悲しく、突き放すように聞こえた。しばらく少年が黙り込むと、少女もまた顔色を悪くし黙り込んでしまった。気まずいかすかな沈黙の後、少女は顔色を戻し少年の前へと回りこんだ。

「なら・・・お主は・・・お主は、ななしでいい!」

少女は元気な声で言った。

「なっ、」

少年は驚き顔を上げた。

「名前がなくとも・・・呼び様があれば・・・」

飽くまで少女の顔は純粋でかつ明るかった。まるで少年を励まそうとしているようだった。

「名無し、私はこれからお主のことを名無しと呼ぶぞ!」

少女は嬉しそうに少年の前で回ってみせた。少女の袖が円を描く様に宙で舞う。そして二回りすると手を合わせて笑顔を見えた。少年にはわかった。一連の仕草は、まるで誘っているようである。少女の行為は、少年を励まし元気つけるためであり、『名無し』という名も悪気があったわけではないのだ。

「・・・、」

少年は気落ちすると、少女を見つめた。まだ、何も把握しきれていない少年にとって、そんな何者かもわからない自分に対しこうも慣れ親しい目の前の少女が、不思議で仕方なかったのであった。

「私は水無月詩織、詩織だ。よろしく、」

少女は手を差し伸べた。

「名無し!」

「ああ、」

少年は少女の手を取った。


第二節―――――

―冬月亭―
行列が動き始めた。浪人達の間で何やら騒がしくなり始め、緊張感や焦燥感が漂う、はたまた楽しそうな光景だった。皐月は屋根から逆さに顔をのぞき、その光景に目を見張るように顔をあちらこちらへと動かしていた。人が彼女の傍を通りかかると、彼女は顔を屋根の上へと引っ込め、隠し、通り過ぎるとまた辺りへと目を回す、といった機敏な動きで誰にも悟られず一生懸命事態を把握しようとしていた。そこへ師走と長月が歩いてくるのが皐月には覗えた。傍まで来るとひっそりと屋根の方へ師走は声をかけた。

「久しぶりだな、皐月。」

師走が顔を上げると、皐月は屋根の上から、フードで顔を隠しつつも、師走達に気付いてもらえるようその顔を半分見えるよう屋根から覗かせていた。皐月は何か言いたいらしく、躊躇しているのが目の動きから読み取れた。長月はそんな彼女を、以前リュウとの戦いのときと同じような、不審の目で睨んでいた。あえて堂々と声をかけない理由は以前、初めて皐月に出会った日にさかのぼる。彼女の異形な槍と未知数の戦闘能力が一層長月の警戒心を強めていたのだ。

「何・・・ある、る?」

皐月は照れる若い女の子らしく、躊躇しながら訪ねた。

「ん?どうした?もっとはっきり言ってみろ。」

師走はあえてとぼけるように聞き返した。

「あっ、うっ・・・何・・・起きてる、の?」

「フッ、」

師走は鼻で笑うとまた聞き返した。

「お前にはどう見える?」

すると皐月は辺りを見渡し、つぶやいた。

「楽し、そう・・・」

皐月も辺りの光景から、少しわくわくしているのだった。

「ああ、楽しいさ。」

師走は言った。

「お見合いというのを、水無月という者が行っている。気になるのなら見るといい。」

「お、見合い・・・?」

皐月は謎めいた顔をした。

「水無月・・・」

そうつぶやき、皐月は思い出した。以前風呂場で出会った青髪の女性、彼女が水無月だと名乗っていたことを。そう皐月が好奇心に目を輝かせ、一人想いにふけっているところに師走が言った。

「皐月、お主もたまには顔を見せてみてはどうだ?」

そう言われ、皐月は我に帰るとさっと顔を引っ込めてしまった。 皐月は屋根の反対側へと向かうと、そこからまた辺りを見下ろしてみた。誰もいない。確認して屋根の先端に座ると、そっと足から身体を前に出して、屋根から降りようとする。と、そこへ歌が聞こえてきた。皐月は覗いていた顔を引き、身体を引っ込めた。建物の中から一人の老人が出てきた。この男、いつも睦月に怒鳴られている望月だ。望月は和歌を口ずさみながら鎌を手に草刈を始めた。皐月は歌に惹かれ、一瞬顔を屋根から覗かした。

「ん?」

望月は皐月の気配を感じ取り、顔を上げた。皐月は慌てて顔を引っ込めた。

「・・・、」

望月はのんきな顔で見上げていた。そこには金色の髪が束になって屋根からぶらさがっているのだ。無論、それは束ねられた皐月のおさげであった。

「頭隠して尻隠さず。しかして、何じゃ・・・あれは?」

望月の声に、皐月は慌て、また一歩後ろへと下がった。すると誰かの足にぶつかった。驚き皐月は振り返ると、目の前に着物姿の神無がいて、あからさまに不審者を見る目で見下ろしていた。

「貴様、何をしている?」

神無が言い終わるより早く、皐月は声に驚き、その拍子で屋根から転がり落ちた。

「おい・・・!」

神無が困った顔で屋根から下を見下ろそうとすると、悲鳴が上がってきた。

「あぎゃーーーーー!!」

望月の悲鳴だ。皐月の下敷きになっている。

「あう・・・」

皐月は頭を痛そうに抱えると、気を取り直し、しばらく間を開けてから真下でぴくぴく手が震えている老人に初めて気がついた。

「ひゃあっ!」

皐月は望月から飛び降りると、しゃがみこんで望月の顔を覗き込んだ。

「あいたたたった・・・」

望月は腰を叩きながら身を起こすと、皐月を見た。

「おお・・・!」

望月は皐月に見とれ、つぶやいた。

「何が降って来たかと思えば・・・おお、この歳になってついに出迎えが来たか!間違いない、空から天使様が降ってくるとは・・・!」

「んなわけあるか目覚ませやヴォケーー!!!」

一人感激している望月のこめかみに鋭い跳び両足蹴りが打ち込まれた。皐月の視界から、老人と跳び蹴りしている者はもの凄い勢いで通り過ぎて行った。

「旦那様〜〜今朝もまたお見事な蹴り・・・天気でございますぅ〜〜」

「じゃかましぃー!!大事なお客様に何しでかしてんじゃこの隠れキリシタンがー!!」

騒ぎをよそに、ふと気配を感じた皐月は屋敷の方へと顔を向けると目の前に金髪の青年が立っていた。

「はっ・・・」

皐月はつぶやいた。

「リリナナ・・・?」

「なっ・・・!」

目の前の青年、ヒューも皐月と同じくらい驚いた顔をして皐月を見つめていた。

―追憶―

「で、こちらが道場だ。」

水無月詩織はそう言って名無しを道場へと招き入れた。そこには4名の男女が白鞘を手に、居合い抜きをしていた。鞘へと手を伸ばし、一瞬の間に抜き、元の位置へと戻す、同じ軌道で一連の動作を繰り返している。

「私の家は古武術道場なんだ。お父様のお爺様のお爺様が生み出したのだけれど、戦でお父様のお爺様がお亡くなりになってその後しばらく継承者がいなかったんだ・・・でも、ひいお爺様が古い書を参考にまた編み出したの。それでお父様はその三代目継承者。」

詩織は楽しそうに、また自身気に語った。

「でね、でね、私はその四代目なんだ!」

誇らしげに笑う詩織。名無しは聞きながら、稽古の風景を見渡した。

「居合いか・・・」

名無しはつぶやいた。

「あ、わかるの!?」

「・・・」

興奮する詩織に対し、名無しは少々暗い顔をしていた。

「(腰を落とし、半身を切った姿勢から腰を回す反動を一切殺さず、全く同時に鞘と刃を逆向きへと抜き、最速の抜刀をする・・・)」

名無しはそう自分へ言い聞かせながら無意識に一連の動作をし、素手で居合いをしてみせた。

「!」

驚く詩織。

「凄い・・・どうしてできるの?」

「わからない・・・」

名無しは姿勢を戻し、答えた。

「何故・・・」

「詩織さん、彼はどちら様ですか?」

居合いをしていた一人の女性が歩み寄って声をかけた。

「そうです。こんなに良い筋をしているなんて・・・」

同じく練習していた一人の男性が言った。

「紫譚、ミドリ、午後の規定、まだでしょ?一日三百回居抜くのよ。」

そう言いながらもう一人の女性がやってくる、それに連られてもう一人、物静かな男性も。

「大丈夫よ、伊織さん。」

にこっと最初の短髪の女性、ミドリが答えた。

「紫譚も私も規定くらい果たせるわ。それに、蓁様だって、休んで良いって、」

「数だけやればいいわけじゃないのは承知の上です。ちゃんと、一本一本大事にしていますよ。」

「はて、その少年は・・・」

物静かだった男性がつぶやいた。

「そうそう、詩織さん、一体その男の子はどちら様です?」

ミドリが尋ねる。

「にー、」

笑って詩織は答えた。

「友達。」

「ほ―――」

一同が声を合わせた。

「詩織殿にお友達とは。」

「男友達とは・・・我々も負けていられませんね、ミドリさん。」

紫譚がミドリに顔を寄せて言った。そんな彼等が盛り上がっている中、名無しは一人、道場の外へと出た。そこで振り向くと廊下に一人の老人が立っていた。蓁と一緒にいた老人だ。

「さぁ、どうぞ。」

老人は道場とは別の間で名無しにお茶を勧めた。

「感謝いたします。」

礼を言う名無し。

「私は水無月家で蓁様や、詩織様、そして奥様の身の回りの世話をさせて頂いております、礎霞という者です。そが、と呼んで下され。」

老人は軽く頭を下げた。名無しもそれにつられ、低く頭を下げる。

「坊ちゃまが来て以来ですな、今ほど元気で積極的に話す詩織様を見るのは。」

「坊ちゃま?」

名無しはつぶやいた。

「水無月家では代々伝えられてきた古武術がありまして、一度は滅んだ伝統です。故、先代の代から常にその伝統を大事にしてきたのです。その伝統を護るため、そしてその教えのため、詩織様はお外へ出たことがほとんどないのです。さしあたって、この屋敷は町から離れた山中に位置しております。気軽に人と接する機会もありませぬ。そして、己に誇りを、自身を大事にという心得の下、詩織様はそう簡単に他人と接することは許されておりませぬ。それは、詩織様本人、充分にご理解なさっているようです・・・がしかし、貴方様がいらっしゃってから、詩織様はいつも興奮しておられます。良く身の回りの世話をしていると貴方様の話をしにいらっしゃる。同門以外と話し、接することができるとは、私にとっても、蓁様にとっても、とってもほほえましいことでございます。」

そがはまた頭を下げた。

「いえ、そんな・・・感謝するのは私の方です!」

名無しは慌てて答えた。

「(坊ちゃまとは・・・私のことだったのか・・・?)」

「まぁ老人の長話はここら辺にしておきまして、この私に何のご相談でしょうか?」

「・・・私は一体、何者なのでしょうか?」

名無しは尋ねた。

「はぁ、」

そがは軽くうなづくと答えた。

「私の判る限りでは、あの村の様子からして、貴方様は忍であったと思われまする。」

「忍・・・」

「はい、」

そがはうなずいて続ける。

「おそらく、徳川家の仕業でしょう。忍とは今の時代、徳川に仕えるという者と、山奥などに住むそうでない小規模の忍の二種類です。おそらくあの村は後者だったのでしょう。幕府を怨んでも仕方はありませぬ、今彼らは己の権力を固め護らんと必死。彼らに仕える伊賀甲賀以外の忍は、幕府にとっていわば危険因子なのです。忍の里を滅ぼせるのは、おそらく忍か、黒薙屋か・・・。」

そうつぶやくそがの言葉にはたしかな重みがある。

「・・・」

名無しはうつむき、ふと尋ねる。

「礎霞殿、」

「そがで宜しいですよ。はて、なんでしょうか?」

「何故に、それほど詳しいのですか・・・?」


第十二話 ―続―


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