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燕 第十三話:波紋


第一節―――――
 

「(違う・・・私は・・・)」

燕の目には悲しみに泣く水無月の姿が、燕の心の中にはその姿に対する動揺と、それが知っている姿だという同情心で一杯だった。

「(何故・・・何で・・・)」

その姿を知っている、とても身近に知っている、だからこそより自分のことのように水無月の哀しみが燕に伝わってきた。

「(こんなんじゃ・・・こんな)」

燕ははっと我に返った。素早く反射的に後ろへ跳ぶ。それに間一髪遅れて皐月の払いが宙を裂き、静寂に風を斬る金属音を響かせた。燕が避け、着地するのを皐月は確認すると、槍を覆う布を取り、名無しの状態を診た。そして眉を細めると名無しの傷口へと布を施し始めた。燕は複雑な心境の下その様子を一瞥し、前を向いた。屈んで名無しの手当てをする皐月の先で、丁度水無月が目の涙を拭い立ち上がっていた。

「名無し・・・」

水無月は小声でつぶやいた。

「ミドリ、紫譚・・・そが・・・父上、」

そう言って水無月は顔を上げた。上げると同時に涙が宙を舞い、代わりに水無月の目にはいつも以上に力強さが宿っていた。

「皆から誇りを奪い、汚した徳川を討つ・・・そのために、私は・・・」

白鞘に手を置き、構える。

「貴様を斬る!」

二人の間に静寂が通る。

「はあぁぁ―――――――!!」


―光邑生町・町中―  

「はあああぁぁぁ―――――!!」

斬が叫んで自慢の殺気を発動させる。

「うらああぁぁぁ―――――!!」

奉行の男は叫んで殺気を発動させ、それを打ち消した。

「てめぇの殺界は俺様には通用しねぇんだよ!」

「だからテメェは奉行向いてねぇんだよ、クソオマワリ!」

「オマワリオマワリと、てめぇいい加減に奉行って言葉覚えろ!斬ることにしか脳ねぇイカレ野郎が!」

不破は憤慨する。

「ごたごたたこたこ五月蝿ぇんだよ、クソオマワリ。見回りが仕事だからオマワリって呼んで何が悪ぃ?そんな御託は出世してから述べやがりな!最も、この俺様一人追っかけるしか脳ねぇテメェにゃ千人斬りより無理な話だろうがな!」

斬と不破の醜い叫び声が夜の町に響き渡る。と、同時に轟音が鳴り響く。

「はっはっはっはは!!死ね死ね死ねぇーい!!」

高笑いしながら不破は金棒を振り回す。だがあまりにも当てずっぽうで力任せに振っているせいか、全て斬の機敏かつ奇怪な動きにかわされている。おまけにそれは片っ端から町中の壁から壁、民家から民家に激突し、破壊を進行させている。

「五月蝿ぇんだよ、クソオマワリ!!ちったぁ脳味噌使った攻撃してみろやクソ!!」

斬が眉間にしわを寄せて不快の表情をした。屈んだ状態から金棒を空ぶった隙に斬りかかる。

「ちぃぃ!!」

大きく振りかぶった金棒を振り戻して斬の足元を狙う。だが斬は跳んでそれをかわすと、不破の頭上から思いっきり刀を振り下ろした。

「なぁっ!」

「斬らせろっ!!」

斬は叫んだ。が、振り下ろした刀は不破の頭上にあった屋根に引っ掛かってしまった。ふと安堵した不破は笑い出した。

「はは、馬鹿が!」

と、言った矢先に木材にひびが入る音がした。

「テメェがな―!!」

斬の叫び声とともに斬の刀が屋根を切り裂いて不破の頭へと振り下ろされた。

「ちぃ!!!」

不破は下がって間一髪退いたが、着地した斬の両手の刃が交差する鋏のように襲い掛かってくる。右に片棒を立て、左腕でさいを取り出しそれぞれの方から迫る刃を不破は間一髪受け止める。が、つかの間、斬の跳び膝が顔面に炸裂し、そのまま蹴り飛ばされて民家の中へと壁を突き破って転がり込んだ。

「な、なんだね、君達!!?」

不破に続いて斬が壁の穴から民家の中へと入ってくるなり、腰を抜かした男は叫んだ。質問に対し、斬はためらわず刀を振り下ろした。男が断末魔上げるがそれが止む前に二撃三撃と連続して斬りつけ、斬りつけ、斬りつける。返り血で斬の表が真っ赤に染まる。

「俺様は斬りてぇもんを斬るだけだ・・・!テメェ、前から前から邪魔なんだよ!!」

斬はしわを寄せた恐ろしい顔をして、痛みで頭を抱える不破へと歩み寄って斬りかかった。そのとき、煙が晴れ、斬は自分が刀を振りかざした先に一人の女性が倒れこんでいるのに気がつき、刀を止めた。大人の、二十代後半か三十程の女性がうずくまって恐怖している。振り下ろせば不破は殺せるがこの女も斬ってしまうことになるだろう。

「くっ・・・!」

斬は悔しそうに歯を食いしばった。斬の脳裏で、一人の女性の姿が蘇った。

―冬月亭・縁側―  

「草刈〜草刈〜爺さん一人で草を刈り〜両手にあるのは鎌二つ〜刈るのは旦那様がお気に召さない草〜刈り刈り〜」

望月は一人、月明かりの下で歌いながら草刈をしていた。

「ふぅ〜、」

望月は背を伸ばすと額の汗を拭いながら一息入れた。

「旦那様も厳しいですの〜、一晩刈っていろとは〜」

次の瞬間、轟音とともに鎖分銅が庭に面した障子をふっ飛ばしつつ飛んできた。

「はて、天使様の次はなんじゃいなぁ?」

そうつぶやく望月は意外な程に冷静だ。彼が振り向いた先へと鎖分銅が戻って行き、そこには装束姿のセイがいた。

「ちっ、後一歩だってーのに。この俺様が一回で仕留め損なっちまうとはね〜。なかなかな護衛持ってるじゃんよ、あぁ睦月?」

セイは楽観的な普段の表情で、丁度室内から庭へと飛び出してきた長月と睦月を睨んでいた。楽観的だが、その表情にはやはり紛れも無い威圧感がある。

「ちっ、玄月刀さえあれば・・・!」

長刀を手にした長月は舌を鳴らして言った。

「なっ・・・!」

目を逸らし多覚えはない、だが既に長月の視界にセイの姿はなかった。己の焦りが一瞬隙を生じさせてしまったのか、長月は歯を食い縛った。そして聞き取った、風を割き飛び来る獲物を。

「貴様ぁっ!」

長月は睦月を蹴り倒し、鎖を斬りおとそうと長刀を振るった。が、その刃が鎖を弾く直前、鎖は長刀へと軌道を変えた。

「!?」

長刀の刃と長い鎖が互いに衝突する。

「ぐっ!」

反動に耐える長月。一方鎖はその反動を利用して長月の手にある長刀を軸に、円状に長月の周囲を回転した。

「くっ、最初からこれが狙いか!!?」

長月は長刀を手放し、紙一重でしゃがんで今まさに巻きつこうとする鎖から逃れた。

「あんらま〜」

ただ突っ立っているだけの望月は間抜けな声を上げた。鎖に巻き取られた刀は再度鎖が軌道を変えた際に解放され、地面に刺さる。だが、長月にそれを取りに行く余裕などない。立て続けにクナイが飛ぶ。長月は鞘を手にかざすがそこにクナイが三本が突き刺さった。さらに間髪入れずに放たれた三本が鞘を粉砕して一本が長月の肩に、二本が長月の脇を飛び過ぎて睦月の足元に突き刺さった。

「くっ!!」

気付けばセイはいつの間にか宙を舞い、睦月の背後に着地していた。

「しまっ・・・!」

着地と同時にセイは背中に携えた短刀を二刀とも抜いて睦月へと片方で突きを、片方で振り下ろしをし、斬りかかった。
激しい金属音とともにセイの短刀は弾かれ、地面に刺さった。さらなる追撃を、セイは軽く背後へ跳んでかわす。

「ちっ、大した護衛だぜ、全く。」

セイと睦月に挟まれるようにしてそこに立っていた、セイの刃を弾いた張本人、望月を見据えながらセイはつぶやいた。

「睦月殿、お逃げを。」

望月はそう言って鎌を二刀とも構えた。

「望月!」

睦月は叫んだ。

「お前・・・まだ草刈終わっとらんのかー!?ちっ、草刈は後回し、まずはそこの忍から狩っておけ!」

「ご主人様が望むのならば、わしはどんな草でも刈ってみせましょう〜。」

「ちっ、急に登場、次には俺様を雑草扱いかい〜」

セイがちらっと横目で見ると長月は駆けて地面に刺さった長刀を拾い上げていた。

「貴様っ、覚悟――――!!!」

長月が叫んで長刀を構えると、望月がその前に出て制した。

「お客様にはご主人様とともにお逃げになってもらわねば。」

「ふ、ふざけるな!!武士が引き下がって逃げるなど、言語道断!」

長月は構えていた長刀を一振りして叫んだ。

「師走様の障害となる者全て、私が斬る!それだけだ!さぁ、どけ!」

「いつまでもこの場にいては危険が伴うだけです!ここはわしに一つ、まかせてくれませんかな〜、ご主人様のご命令を果たすのがわしの役目、頼みますわぃ〜。それに、」

望月は懐からどこからもなく鎖を取り出し、両手の鎌につけた。

「いてもらっては却って危険ですぞ〜。」

「召使い風情が・・・!くっ、」

長月は望月を睨むと、睦月の袖を引っ張った。

「ちっ、来い睦月!行くぞ!」




第二節―――――

―光邑生町・町中・屋根―

「はっ、」

小さく声を出し、跳んでくるクナイを棒で受けつつ、跳んでかわすコウ。

「(何て本数に速さだ・・・)」

今やコウの武器である棒にも無数のクナイが刺さっていた。コウと百舌の二人に別々の方向から攻められつつも、神無は自慢の飛び道具で二人を牽制しつつ、翻弄する素早く機敏な動きで上下左右前後あらゆる方向へと跳んでは身体を捻って巧みに動いていた。 まさにそれは幼少から忍の技のみを徹底され、数々の修羅場を経験した真に忍としてのみ生きてきた者の技。コウもまた同じ、しかし相手との経験の差は五年を下らないだろう。
忍の技は一撃必殺。無駄も隙もない。ありとあらゆる全ての戦況を想定し訓練した忍同士の闘いならばこそ、互いの一瞬の隙を狙うのではない、互いに一瞬の隙を許してはならないのだ。
気付くと、コウが着地している間に神無は屋根の上を大きく跳び、さらにその横へと跳んで回りこんできていた。その移動に用するはわずか二歩。一瞬にして間合いを詰めてくる。神無はそこから攻めに転ずるまでもが一瞬だ。低空でほぼ水平に跳ぶと二分の一秒もしない間に反転して蹴り下ろしてくる。

「(覇っ!)」

棒で受け止め押し返そうとするが、神無は棒に蹴りを当てると同時にそれを足場に体制を前へと立てると、軽く跳んで同時に身を捻ってもう片方の脚で強烈な蹴りを放つ。その蹴りは棒に刺さったクナイを押し込み、コウの武器を貫くように真っ二つに折った。
既にクナイが無数に刺さっていたため、一発の蹴りとクナイの貫通により亀裂が武器全体に発生し、粉々に粉砕した。文字通り、武器破壊の術である。コウの武器の金属片とクナイが宙を舞う中、瓦を砕き着地する神無の束ねられた髪が蛇の如く宙を泳ぐ。
着地と同時に神無は屈んだまま身体を回すと、勢い良く屋根の上に沿って蹴りを出した。神無の強烈な蹴りごと着地した際に外れた瓦がコウへと襲い掛かる。

「(ふん・・・!)」

至って冷静なコウだが、瓦を避けきることはできず、腕に受けていた。案の定篭手を装備していたが、瓦の威力は半端ではなく、コウは苦い、歯をわずかながら噛み締めた表情で後ろへとよろけていた。
だが神無は追撃に出ず振り返った。と同時に轟音が鋭く闇夜に響き渡り、煙を起こす。放たれた鎖の先端を持った百舌が神無を挟むようにコウの向かい側の宙にいる。煙が晴れると、そこには屋根に当たり跳ね上がった鎖の先端を掴んだ神無がいた。神無はそれを思いっきり投げ返す。

「なっ!」

鎖は丁度百舌の着地点へと放たれていた。百舌はとっさに仕込み杖を地面に当て、無理矢理着地点をずらした。先ほどに劣れど、再度屋根の瓦を砕く轟音が闇夜に響く。神無は続いてその場でクナイを両手一杯、その数おそよ片手に八本を抜き取り、振り返ってコウへ、そして腕を背後に振って百舌へ牽制として投げつける。
コウは腕の痛みを堪えつつも、波状攻撃のごとく連続で跳んでくるクナイを屋根伝いに、巧みに跳んで避けた。だが、第二派のクナイを跳んで避けたときだった。既にコウの回避地点を予想していた神無がコウの真後ろに跳び込んでいた。急所を狙った神無の一撃を、間一髪身を右前方へと逸らして何とかかすり傷で済ませる。素早く前転すると、向かいの屋根に跳び移りまた紙一重で神無の追撃をかわし、足首を捻ってその反動と共に反撃に戻る。その折、コウは既に右腕に短い隠し刀を手にしていた。
勢いをつけ跳び掛かってきたコウに対し、屋根の傾斜上、左の刃を下方向へと斬り伏せていた体制の神無はそれを己の短刀で受けに行く余裕はなかった。間髪いれずに神無はその体制から右へと身を捻り、勢い良く後ろ回し蹴りを低い姿勢から繰り出した。それは丁度コウの刀の下を潜り、腹へと直撃する。蹴り飛ばされたコウは辛うじて、屋根の端を手で掴んだ。
頭上で百舌の一撃が神無を襲ったのを確認すると、その一瞬の間にコウは片手の力で身を屋根の上へと戻した。が刹那、とっさの勘でコウは頭を背中へと逸らす。コウの額を冷たい閃光が走り、頭の鉢巻が外れる。
だがそれでひるまず次の動作へと転ずる。全ては戦いの勘。闘いなれた者の、その時々に迷わず出す次の一手。一種の野生の勘でもあろうか。コウの右手は神無の一撃が額をかすめたことなど関係なく、その手の刀を持ち直して神無へと投げつけようとする。だが、神無の方が速かった。一撃を受けたものの、まともに足場も整えられてないコウはその衝撃で屋根から宙へと身を落としてしまう。
落下しつつ、コウは牽制に刀を神無へと向ける。この状態ならば、神無が止めを刺しに飛び込んできた場合、相打ちになろうとも、彼女は討ち取れるだろう。宙においては、上半身を動かすことはままならないからだ。だが、これに対し神無は蹴りこんできた。

「(なっ!!)」

たしかに宙でも下半身、特に脚ならば融通がきく。コウの刃は蹴り押され、すかさず神無の左脚が蹴り込まれた。神無はそのまま両脚でコウの身体を押さえ込むと、勢い良く身体を横へ振る。

「ぐっ!!」

さすがのコウも苦い声を出してしまう。すぐ下に位置する屋根に激突する直前で神無はコウの身体を拘束していた脚を解き、受身を取るようにし瓦の上に身を打つ。だがコウは勢いをつけ、激しく瓦へと身体を打ち付けられた。

「ぐはぁ・・・!」

背中に痛烈な衝撃が走る。だがそれをかまわず、コウは横へと身を回してその勢いで立ち上がろうとする。だがすると真横にクナイが飛んでくる。間一髪で止まって避けるものの、見上げれば即神無が飛び掛ってきていた。

「はああぁぁぁ!!!」

「コウ―――――!!」

神無の背後から百舌が疾風の如く跳んでくる。神無は宙で身を捻り、百舌の重たい一撃を受け止める。その衝撃で大きくふっ飛び、屋根の上を端まで滑る。

「くっ・・・!」

衝撃を堪えるが、隙無くして百舌はまた追撃を仕掛けてくる。神無は屋根の端に足場を取られていることから、大きく一歩前へと踏み出し、百舌の一撃を正面から受け止めた。

「ぬっ!!」

二人が鍔ぜり合いをしていると、次第に辺りが騒がしくなってきた。斬と不破の大暴れのせいだろう。

「コウ――!ここは退くぞ!我々の目的は果たした。」

百舌はコウへ向かって叫んだ。

「承知!」

コウは一言答えて闇夜へと姿を消した。

「くっ・・・!やはりそうか――!」

神無は百舌の一言からこの二人が彼女と名無しを足止めするためにいたことをはっきりと確認した。なおさら名無しを先に行かせて良かった、そう神無は思った。

「逃すか――!」

鍔迫り合い状態から後ろへと退く百舌に対し鍔迫り合いで押す勢いで神無は渾身の一撃で斬りかかった。
一閃。本の一瞬視界が白い閃光で見えなくなると同時に百舌の姿は神無の視界から消えた。代わりに神無の身体は力なく屋根の上へと倒れこんだ。

「なっ・・・」

何故手を付くことが出来ない、何故倒れこむ、そう疑問に感じつつも、神無は身体を横に倒し、無意識のうちに脇に手を置いた。

「馬鹿、な・・・」

血だ。神無の手に血がべっとりとついている。喉の通気が悪い。口からも血が出ていた。

「くっ・・・つぅ・・・!」

だが神無にとってこんなことは始めて痛感する感覚ではない。そう、死などこんな生易しいものではない。

「まだだ・・・まだ、私は・・・!」

まだ死ねる程の致命傷に達してはいない。だが、これでは立つこともままならないだろう。
名無しは間に合っただろうか、伝えたのだろうか。神無は一瞬気になった。だがむしろ、何故自分が今になって他人の事を気にしているのかが、むしろそちらが気がかりになった。そう考えると神無は自分自身を思い浮かべるのだった。

「まだだ!・・・まだ私は・・・!」

手を伸ばすようにし、無意識に神無は屋根を上へとはいずり登ろうとした。そのとき、月明かりが隠れ、神無の上に影が重なった。見上げると目の前に斬が立ち塞がっていた。

「斬・・・貴様っ!」

神無は斬の腕に握られた刀に気をとられた。斬はこれ以上になく不機嫌そうな顔をし、そして刀を持った腕を振り上げると、神無目掛けて精一杯振り下ろした。

第十三話 ―続―


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