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燕 第十三話:波紋


第三節―――――

「はああぁぁ――――――!」

気合いとともに水無月の刃が一閃する。可能な限り背後へと大きく跳ぶ燕。水無月の一閃は燕との間の宙を斬り裂いた。着地とともに燕は構えを作る。すると急に装束の一部が裂けた。

「なっ・・・!」

燕がふと確認すると、避けたはずにも関わらず装束には刃がかすめた傷があった。その間から鎖帷子が見える。鎖帷子を着ていなかったら肌が斬られていただろう。

「居合いの間合いは目で見定めることが出来るほど、甘くは無い!」

そう叫んで水無月は燕へと斬りかかった。燕は巧みにかわしながら後退するが、気付くと装束のあちこちに切り傷があることに気付く。脚からは血もにじみ出ていた。かすった程度だが、少しでも間合いが近ければかするだけではすまなかっただろう。だが後退していくにつれて壁が近づいてきた。

「はああぁぁ――――!」

水無月の一閃をギリギリまで引きつけ、燕は跳んだ。
水無月の居合いは速い。だが燕も己の速さには自信と信頼があった。水無月の一閃を空ぶらせるとほぼ同時に足が壁につく。壁に足をつける勢いと素早さを利用し、跳ね返るようにして水無月の左、すなわち刀を空ぶった方向とは逆へと宙を水平に飛んで斬りつけようとする。修行で学んだ技の一つだ。川蝉のように飛んで来る燕に驚き、水無月はとっさに背を向けるように身を回しながら刀を振り戻す。

「くぅっ――!!」

「リリ・・・!」

皐月は水無月の声に反応し、名無しの傷を塞ぐ手を一瞬止め、振り向いた。そこには左腕で右肩を抑える水無月の姿があった。白い着物と肌が紅く染まっている。

「死なない・・・で。リリ、だから。」

皐月は一人不安そうにつぶやいた。
背後で水無月が痛みを堪え、肩を抑える間に、燕は屈んだ体制で着地した。間も無くして燕が抑えようとしていた痛みが身体を刺激し始める。と同時に燕の脇腹から紅い血が噴き出した。

一方縁側にて。

「なるほど、客がいちゃ危ねぇってのはこういうことかい!」

セイは非情に低い姿勢で地を駆け、時に前転し、時に土蜘蛛の如く地を這った。そんな彼の頭上を長い鎖が大きな望月を中心に大きな円を描いて疾風の如く回転している。その回転する速さは伊達ではない。ただ回転しているのならば隙多し、だが彼の場合その老体からは想定し難い程に隙がない。円を描いて幾度とセイの頭上を襲う鎖鎌は真上から見れば黒き旋風。それが巧みに傾き上下し、時に反動を用いて逆回転もするのだから気は抜けば首が飛ばされるであろう。
セイが隙あらばとクナイを投げれば、望月は猿の如く軽々と跳んで移動する。セイは弾かれた短刀を目指すが、それを望月の鎌は阻止せんと行く手を阻む。

「取らせはせんぞ。そなたには鎖分銅だけで勝負してもらおう。毎日振るうこの鎌は我が手同然。同じ鎖武器では負けませぬぞよ。」

「へぇ、」

セイは地を蹴って小さく軽く宙返りして足元を襲う鎖鎌の上を跳び越え、足を滑らせるように着地すると共に鎖分銅を放った。二人の鎖武器はお互いの中間で重なり合い、その反動で先端の武器が渦巻きのようにそこで絡み合った。

「ぬっ!」

望月は手に来る反動を抑え、鎖を握りなおした。セイも同じく、二人が互いに引き合う鎖は中点で絡み合い、直線となっていた。セイは大きく笑みを浮かべた。

「俺は鎖武器使わなくてもアンタを殺せる。だが、ここはあえてアンタにあわせてやるよ、勝つのは俺様だかんね。」

そう言ってセイは裾からじゃらんっと音を立てて出した鎖の先端にある分銅を外した。

「任務の邪魔だ。アンタの目的は俺、でも俺の目的は睦月のジジイだ。速いとこ念仏を唱えときな。アンタ・・・もう後がねぇよ。」

「生憎私は念仏を唱えませんのでな。」

望月の袖から手首巻いた十字架のロザリオが見えた。

「浮かれおって・・・睦月様への侮辱もさながら、あまつさえ鎖武器で私に勝とうと?笑えぬは―――!」

望月は覇気ある声を出し、右腕に持った例の絡まった方の鎖を引っ張った。
セイは鋭い目つきで笑みを浮かべると、先程分銅を外した、先端に取っ手しかついていない鎖を勢い良く回し始めた。望月もそれを見て左腕に持った鎌を手放し、その先に繋がれた鎖を回し始めた。そして絡み合った方の鎖を手繰り寄せるように引っ張り合いながら、セイへと一歩ずつ近づいてくる。彼の鎖の長さの都合上、余った長さでは一定の間合いに近づかなくては鎖鎌としての特性を活かすことは出来ない。

「(けっ、挑発に掛かったな!)」

セイは望月がまだその間合いに入る前に自分の鎖を放ったのだ。一見望月と変わらぬ長さと思えたその鎖は放たれると共にセイの袖から伸びるようにその本当の長さを現した。望月は横に一歩跳び、それを難なく避けると、その隙を狙って絡まった鎖を引いてセイの体制を崩そうとした。

「抜かったな・・・なっ!」

引いた鎖に手ごたえがない。いや、見ればセイは鎖を既に手放していた。しかも、先程放った鎖さえも。

「まさか・・・最初から、っ!」

言いかけて望月は腕に来る重みに遮られた。それまでセイとの引き合いによって宙に留まっていた鎖と武器が鉄くずのように地面に落ちたのだ。あまつさえも、望月はそれを手繰り寄せ、腕に巻いていたのだ。

「ぐぅっ・・・なんと小癪な!」

「アンタ、肝心なこと忘れてるよ」

セイは鋭い目で冷笑した。一瞬にしてセイに間合いを詰められた望月は、左腕の鎌を持ち直し、そして振り払った。だがそれを予測済みであったセイは地面を蹴って、目前にいる望月の顔を勢い良く蹴る。足の裏の鉄板が望月の鼻をへし折り、のけぞらせた。そのまま足に体重を乗せ、望月の頭を地面に叩き落した。

「生憎、俺様は忍なんだよ。」

吐血し、頭から血を流す望月の前にセイは着地し、自分の鎖を拾うとそれを投げ、落ちた短刀にその先端を引っ掛け、引っ張って手に戻した。両手に持ったセイの二つの短刀は、外形こそ同じだが長さが違う。目の錯覚で相手を騙すために彼自身が思いついたものだ。

「忍の道に小癪も卑怯もないんでね。」

「くっ・・・うぅっ、ぐっ!」

脇腹を抑えて燕は立ち上がり、振り返る。紅く染まった肩を抑えつつ、水無月が顔を上げた。水無月の顔に怒りを観た燕はちらっと名無しの方へと目配せする。もう助からないだろう。

「(私はこの人から大切な人を奪った・・・)」

自分を睨む水無月の表情には哀しみが見える。無念の表情と言うべきだろうか、そう思うのは観たことがある、または知っている表情だからだ。

「(でも・・・あいつは私からユイを奪った。・・・奴が、お父様を・・・奪ったように。それだけは許せない・・・!けど・・・)」

燕は思った。許せない、だからと言ってそう簡単に今の複雑な心境は納得させることはできない。何か、自分の根本的な気持ちがそれを許さない。だが、それは何故か。

「(違う・・・私はこんなことは望んでいなかった。彼とは、闘わなくちゃいけなかったけど・・・)」

燕は悩みつつも思う、水無月はユイを奪い、燕は名無しを奪った。御相子だ。御相子だが、しかし疑問が残る。

「(違う。私は彼を殺したかったんじゃない・・・水無月を、殺したかったはず。でも本当は・・・・・・、何故、私は戦うの?)」

ごくりと唾を飲み込み、痛みを堪える。セイの言葉を思い出す。

「(闘ってみないとわからない・・・)」

「長月殿・・・!」

屋敷の中から駆け足で息を切らしながら一人の好青年が姿を現す。一見大人しそうで声も迫力の欠片すらない。丁度庭の周りを回って玄関前を通りかかっていた長月と睦月はその声に足を止める。睦月だけ膝に手を置いて息を必死に整えている。長月が振り向くと青年は立ち止まって息を整えながら長い木箱を長月へと手渡した。

「玄月刀か!良くやったぞ、貴様!」

長月はそう言って木箱を開けると自慢の大刀を手に取った。そのときだった。長月の頬に血が飛んだ。目を見開いて血が飛んだ右頬の方向へと玄月刀を思いっきり振る。

「ぬああぁぁ!!」

一つの影が玄月刀の刃を飛び越えて着地する。振り返って観れば睦月には首が無かった。長月に玄月刀を渡した青年も咄嗟の出来事に辺りを見渡す。そして観た、そこに立ち尽くす影を、朱雀を。

「あ・・・あの人は・・・!」

青年は目の前の相手に驚いた。大きく目を見開いて見る。間違いなかった。

「あの時の・・・!」

青年が声に出すが長月には聞こえていないようだ。

「なっ・・・」

向き直って朱雀を睨む。あまりもの出来事に長月は言葉が出なかった。だが腕は震えていた、あまりもの怒りに、自分の不甲斐無さに。

「きっさまあぁぁぁ―――――!!!」

長月は突撃した。ただ冷静に振り返る朱雀に対し長月は玄月刀を大きく横へ振り払った。そのときだった。

「きゃあっ――!」

悲鳴が上がった。

「!!」

朱雀の表情が一瞬にして変わった。 玄月刀の一振りによって、轟音とともに煙が上がり、玄関前の壁が丸ごとふっ飛び屋根の残骸が粉々になって地面に落ちる。だがその先にもう朱雀はいなかった。

「くっ・・・!」

「(間違いない・・・)」

青年は自分に対しつぶやいた。

「(あの人は八年前の・・・!)」

刀を振りかざし切った水無月と後ろへのぞけって悲鳴を上げる燕がいた。傍の芝は燕の血で緑色が紅く染まっている。

「くっ・・・う!」

燕は痛みを堪えつつ後ずさる。

「はぁ・・・はぁ・・・」

水無月は荒い呼吸を整えようとする。が、歯を噛み締め、燕へと斬りかかる。もはやその太刀は乱心、身についた技こそあれど、それは日ごろの水無月の技とはかけ離れ不完全なものだった。燕ははっと顔を上げ、咄嗟に下がるが水無月の二振り目が燕の左腕をかすめる。三振り目を燕は忍び刀で受ける。

「くっ!・・・」

受けている刃が震える。刃と刃の押し合いの末、燕の刃は弾かれた。

「あっ!」

燕はなんとか背にしていた屋敷の足場の上に乗り、水無月の追撃を逃れる。そのまま転がって足場の上で水無月から間合いを取る。

「はぁ・・・はぁ・・・」

水無月は荒い息で足場へと乗る。

「(怒ってる・・・)」

燕は水無月に大きく切り裂かれた胸の傷を抑える。汗で乱れた髪の毛で、うつみいた顔が隠れた水無月を見つめながら燕は己へとつぶやく。

「(あの姿・・・恨んでる、私を・・・)」

水無月の心境に共感を得る度、燕の心は罪悪感で縛られていった。それと同時に己が虚しくなる。その姿を燕は知っていたからだろう。燕はよろけながらも、精一杯立ち上がった。

「(ごめんなさい・・・!)」

せめて自分がしてあげることは、今こうして立ち上がることだけだ。ここで諦め、退くことは、心が背徳行為として許させなかった。
燕の目は涙ぐんでいた。今まで幾人も殺してきた。だが、初めてだ。人を殺してこんな想いをするのは。初めて、実際自分が他人から大切な人を奪っていることを実感、否痛感した。その悲しみ、苦しさを今、初めて思い出した。

「(ごめんなさい・・・!)」

燕の気持ちは言葉にならなかった。口で、言うことが、燕には出来なかった。しかし水無月が一旦歩を止めた。涙ぐむ燕の顔を驚いた様に見つめている。すると、今度は顔を上げた水無月の目から涙が流れ出ていた。

「うっ・・・くっ!」

水無月は一旦目をつむった。そして鋭く目を開き、燕へと斬りかかった。

「はあっ――――!!!」

その気合は今までのとは違い、悲しみに満ち溢れた悲痛の喚きだった。

「ああぁぁ――――!!!」

燕も水無月へと駆けた。二人が互いへと駆ける。水無月の指が白鞘から刃を抜く音を立てる。燕はその音を頼りに、跳躍して水無月の真上を跳ぶ。

「!」

燕が真上を跳び越えようとしたのに水無月は無意識に反応し、鞘を傾けた。

「真月閃―――!!」

森で初めて燕と出会った時使った技だ。真上の敵を斬りおとすため、刃を真上へと弧を描く必殺の太刀。

「!!」

鈍い音とともに、水無月の刃が止まった。踊り場の天井に水無月の一撃が引っ掛かってしまったのだった。

「(しまっ・・・!)」

「ああぁぁ―――!」

水無月の背後に着地した燕は軸足で反転すると水無月目掛けて忍び刀を突いた。
轟音とともに燕の足場とその奥の障子が灰燼と化す。水無月は天井から刀を抜き、振り返った。庭の方には槍を構えた皐月がいた。どう考えても皐月の位置から今の凄まじい破壊力の一撃が繰り出せるとは思えなかったが、この場において彼女以外考えられない。だがそんなことはどうでもよかった。水無月は辺りを見渡し、燕の姿を探す。すると煙の中から一つの影が室内から飛び出す。

「はっ!」

水無月が振り返って影の方を振り向くと、通り側の壁の上に燕を抱えた朱雀の姿があった。朱雀の腕に抱えられた燕は気絶していた。朱雀はしばらく三人の様子を確認すると、背を向けて壁の向こう、町の中へと闇へ溶け込んでいった。

「くっ・・・」

水無月は力を抜いた。と同時に肩を痛みが刺激したが、それを手で抑えながら名無しへと向かう。皐月の隣で、彼の前に座り込む。

「名無し・・・」

水無月の力を抜いた手から白鞘が地面に落ちる。水無月が大切にしてきた誇りの証である、白鞘を。

「名無し・・・」

水無月は身体を傾けながら名無しへと顔を寄せた。

「返事を・・・、してくれ・・・」

震える声で言いながら名無しへと手を伸ばす。

「これからはずっと一緒です、詩織殿。」

「どうして・・・どうして今になって・・・」

今になって名無しの言葉が蘇る。自分と名無しの間にいつの間にかあった暗黙の距離感は一体なんだったのか。こんなに、近くにいるというのに。

「私はここだ・・・ずっと、一緒なのだろ・・・なぁ、」

水無月の目の周りが大粒の涙で溢れ始める。

「なぁ・・・」

「リリ!」

皐月が水無月の肩に抱きつく。と同時に、今までどこかに押し込んでいた感情が一気に湧き上がってきた。両肩は次第に激しく上下し、抑えきれない感情に、水無月は、自然に、泣いた。

「名無し――――――――!」

名無しの身体を抱き上げた水無月の声は闇夜を埋もれていった。



第四節―――――

―光邑生町・町中―
一人、十字槍を白い布に隠し卯月は夜道を歩いていた。

「斬殿が飛び出したのは私の責任・・・。また余計な助言をしてしまいましたか、私らしいと言えば私らしいのですが・・・。一体どちらへ・・・」

卯月が十字路で辺りを見渡した。と、その時急に咳き込み口を抑える。

「くっ!」

咳を堪え、見ると手は紅く染まり震えていた。

「本来ならば大人しくしているべきなのでしょうか・・・、」

そのとき頭上を何かが飛んでいった。見上げると人を抱え、屋根から屋根へと跳ぶ黒い影の姿があった。

「あれは・・・」

卯月は眉を細めた。

「師走殿の敵・・・」


―「巣」・渡り廊下―
障子が開いた月明かりの差し込む個室で壁に寄りかかりながらガクは一人うつむいていた。ユイは未だに目を開けずひたすら静かに眠り続けている。

「(畜生!)」

声に出そうになったが、ガクは歯を食い縛って心の中でつぶやいた。同時に軽く床を拳で突いた。突いた右腕を包帯の上から抑える。

「(燕だって・・・百舌様だって・・・!皆闘ってるってのに、俺だけ・・・かよ。)」

歯軋りがする。軽く突いただけの腕から痛みが徐々に湧き上がる。その程度で痛むのが悔しかった。

「(リュウだって、頼まれて文を届けに行ってるってのに、俺は何もできねぇのかよ・・・!何も・・・)」

言いかけて悔しさを堪える。体の震えが止まった。ガクは落ち着いた。

「(ちっ・・・。俺まで動揺しちまってどうする。)」

顔を上げて月を見上げる。

「(俺は感情的になりやすい、)」

ガクは自分を悟った。

「(強いってのは、感情を抑えられることだって気付いて、修行したんだっけな。ユイ・・・今の俺にできるのはお前を見守ることだ。何もできないわけじゃない・・・!しっかりしろ、俺!)」

顔を両手で軽く叩いて気を取り直す。その時だった。ふと顔を上げ、ガクは静止した。

「心配か、」

イスカは尋ねた。隣に腰を下ろして月を見上げるアンの表情はイスカの言葉通りであった。

「いえ、忍だから危険なのは当たり前。ただ、アタシはもう失いたくないの、あの子みたいに」

アンは振り返らず言った。

「アイツが・・・・・・いたとしたら、現状の危険にさらされていただろうがな。」

イスカの言葉にアンは頭を下げ、無意識にお腹に手を当てた。そのときだった、渡り廊下を駆ける音が響いた。

「アンさん!イスカ様・・・!」

ガクが慌てて角を曲がってきた。

「ユ・・・ユイが!!」


―隠れ家―

「ぅ・・・うん・・・」

燕は目を覚ましゆっくりと身体を起こした。うまく身体に力が入らない上、意識も朦朧とする。

「うっ・・・!」

急激に脇腹と胸に痛みが走りだした。

「まだ無理をするな。」

そう言って手を貸してくれたのはコウだった。コウは燕の傷が痛まぬよう身体を起こすと、壁を背にするようさせた。するとコウは燕の顔色を覗き込み、包帯が巻かれた胸に手を当てた。

「痛むか?」

「ぁっ・・・少、し。もう、平気・・・たぶん・・・。」

燕は答えた。

「そうか、」

コウは顔を引くと告げた。

「危険だったぞ、鎖帷子を着込んでいたものの、それを切り裂く威力だ。これはユイの一件と同じ者による技だな。」

淡々と告げるコウ。燕は顔を逸らした。
燕はコウが苦手だった。常に顔色一つ変えず、冷静沈着に語る彼はどこか冷たい気がし、知らないうちに燕は彼に対し苦手意識を持っていた。彼は面倒見が良く、忍らしくてしっかり者なのは理解している。実際彼から学んだことも多い。ただ、燕が最も、厳しい教えを授かったのは彼からだ。だからこそ、燕は、コウに顔を合わせ難かった。

「少しでも手遅れだったら助からなかっただろう。それに、人手が足りなくてな。朱雀がいなかったらお前は目を覚まさなかっただろう。」

だが、実際コウの声は安堵と優しさに満ちていた気がした。

「えっ、」

燕は辺りを見渡した。

「あそこだ。」

コウが部屋の片隅に顔を向ける。燕がそちらへと顔を向けると、肩膝を抱え座り込んで寝ている朱雀の姿があった。

「お前をここへ連れてきた時、奴は血相を変えていた。必死だったんだぞ、朱雀は。」

伝えるようにコウは強調して言った。

「お前を助けたくて必死でな。」

顔を戻すとコウは見据えるように燕を見た。

「話は朱雀から概ね聞いている。水無月と闘ったそうだな。」

そう言われて燕は顔を下げた。本当、コウと合わせられる顔がない。それに対しコウはため息をついて言った。

「ユイの一件にお前が動揺していることはわかる。」

そう言われて燕は暗い顔をした。今まで動揺しないように、情を持たぬように必死に勤めてきたはずだった。全ては強くなって朱雀を殺すために。以前コウに言われ、自分で決意したこと。それなのに今また心が揺れている。

「だが、それでいい。」

「えっ、」

コウの肯定の言葉に燕は顔を上げた。

「ユイの悲劇を悲しんでやれないのなら、お前は単に最低の人間だ。人のために悲しんでやれない奴こそ、本当の弱者なんだ。」

そう語るコウの言葉は冷たく、厳しい。燕の苦手とするコウの言葉だった。だがその言葉は燕を叱るものではなかった。

「コウ・・・さん・・・」

燕はコウの言葉になんと返答すればよいかわからなかった。というより、今まで自分が思ってきたことと違うことを言われ正直戸惑っていた。

「ただ、お前に誤解のないよう言っておきたい。」

コウはいつも以上に真剣なまなざしで言った。

「動揺と言っても、お前の今までの動揺ははっきり言って目に余るものがある。動揺と言っても良いものと悪いものがある。理由はともあれ、強くなりたいのだろう。」

コウの言葉に燕は反応し顔を上げた。

「忍として、朱雀を超えたいのだろう?」

燕は朱雀へと目を配った。

「それがお前の動揺している理由だ。」

「私は・・・!」

燕は何と言えばよいのかわからなかった。否、何も言えなかった。ただ、図星をつかれた、それはたしかだった。

「だが・・・お前の動揺は俺にも非がある。」

「えっ?」

「お前が今こうして情を取り戻したからこそ謝らせてほしい・・・二年前、俺が・・・」

そのとき外から鈴の音が響いた。建物の周辺に張り巡らせた警報だ。コウは目を鋭くし、朱雀は一瞬で目を覚ました。

「燕、奥へ行け。お前の装束と装備をまとめてある。」

急にコウは声を細くし、扉の方を睨んだまま告げた。朱雀は静止したまま目だけ鋭くしている。 燕は並みならぬ緊張感に、コウに言われたままに奥の部屋へと歩き出した。その時初めて気付いたが、手術のためだろう、斬られた胸と腹に包帯が巻かれた以外何も着てなかった。燕は布団を引きずりながら奥へと入り装備を着た。ついでだが髪を手で浮かせ、真っ直ぐに揃える。そうして戻るなりコウに言われた。

「二人とも、奥に身を隠せ。」

燕は奥の部屋へと戻ろうとした際に朱雀と目があった。彼の行動に対し、何と言えば良いのか、燕にはわからなかった。だが、朱雀はただ燕を見据えると、奥へ進むよう手で合図を出した。燕は黙ったまま先に奥に隠れた。ただ気になったのは、朱雀の目が悲しそうでかつ、優しく目をしていたことだった。
朱雀は燕より手前で角からコウを覗っていた。二人が奥から見守る中、扉が叩かれた。コウは壁に掛けてあった棒を左手に持つと、右手を戸に伸ばした。ふと、その手を止め、扉越しへと話しかける。

「このような夜分遅く、一体何方が何用だ?」

すると扉越しから返事が返って来た。

「夜分申し分ない・・・。私は卯月雨龍なる者、通りすがりの者ですが・・・」

「(卯月雨龍だと・・・!)」

敵の首謀者であろう師走なる者の用心棒であることくらいセイから聞かされている。コウは扉から一歩退き下がった。燕も任務前にセイがその名を口にしていたことを思い出す。全体がまた一段と緊張感を強めた。扉越しから声が続く。

「わけあって知人を探していたのですが・・・貴方に一つお尋ねたい。」

「何をでしょうかな・・・」

コウは静かに尋ねた。

「こちらに忍はきておりませんか?」

単刀直入である質問に一同は戦闘を覚悟する。

「すまないが何のことかわからないな・・・私は薬調合のため今日一晩起きていたが」

「そうですか、失礼は承知で中を拝見させて頂けないでしょうか。貴方の言葉が誠ならば、拝見させ頂いても、よろしいでしょうか。」

飽くまで卯月の言葉は丁寧だ。だが逆に殺意でも敵意でもないたしかな圧迫感がある。コウの忍としての勘が告げている、相手は十数年、いや二十年は技を積み修行を経た、並みの達人とは格段的に違うあらゆる意味でのうわものだと。

「(ちっ!)」

コウは焦った。今中に入れるわけにはいかなかった。燕の真新しい血が畳を真っ赤に染めている。返答に困っていると扉が音を立て勢い良く開いた。コウが振り向くと、卯月が玄関に入り込んできた、脇に布に包まれた十字槍を挟んで。

「やはりそうですか・・・」

卯月は畳の血を見てつぶやいた。

「まて・・・、ここにはつい先程まで患者が、」

コウは冷静に説明しようとしたが、卯月は白い布を取って十字槍の刃を光らせた。

「無駄ですよ、」

宥めるように卯月は言った。

「貴方が忍であることくらい私にはお見通しですから・・・。」

そう言われ、コウは目を細めた。一応言い包め、時間を稼ぐくらいの自信はあったのだが、こうも早く見破られるとは思ってもみなかった。そんな彼の前で卯月は首を傾げ告げた。

「かつて私は十勇士と呼ばれた者達と戦場を共にしました。忍の気配を・・・いえ、忍を見極める事ならある程度は可能なのです。」

言うと、卯月は十字槍を構えた。コウは仕方なく三尺ほどの中身が鉄でできた棒を構えた。

「貴方がたは、師走殿に敵する者なのでしょう。ならば、私は私の役目を果たさなくてはなりません。」

卯月は眉を細めた。

「ただ見逃すわけには、いかないのですよ。」

沈黙がしばらく続いた。

「さぁ、仲間はどちらですか?表に出てきて下さい。」

卯月の言葉を合図に、奥からクナイが飛んできた。卯月が槍の先端で弾き落とすと、コウは一気に卯月の間合いへと跳び込んだ。槍を傾けクナイを弾いた卯月の空いている横を狙い、棒を打つ。が、卯月は大きく身を回すとコウの一撃を受け止め、かつ勢い良くコウを弾き飛ばし、コウへと突いた。木造建築の壁が吹き飛び、外の通りにコウが転がり出た。卯月が二回槍を振るうと穴の開いた壁が綺麗に切り取られた。その中から卯月がコウに面して立ち塞がる。

「貴方に個人的な恨みも敵意もありませんが・・・今私は師走殿に組する者。これは私の性分・・・主に敵する者を見逃すわけにはまいりません。」


第十三話 ―続―


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